昭和11年に来日したアメリカ人ジュルース・シャルブノー氏は、ミニチュアのコレクターであった。彼は、東京の百貨店などの催しに自分のコレクションを世界一と称し、これより優れたミニチュアは存在しないと豪語した。そして、日本に比べるものがあれば見てみたいと述べたという。そこで、中田實をシャルブノーに引き合わせる人が現れ、日米のミニチュアコレクション比べとなった。
なかなか興味深かったので、少しだけ調べてみました。
朝日新聞を「中田實」で検索してヒットした記事は2件。昭和11年(1936年)の趣味のページで、氏のコレクションを二回にわたって紹介しています。ひとつめは切手コレクション。もうひとつがミニチュアコレクションです。
まず、1936年11月3日の記事から、中田實氏の経歴について。
蒐めるだけでは自慢にならぬ
郵便切手と世界最小物
二股かけて趣味五十年
郵便切手の蒐集家は沢山あるが、特種な珍品を揃へてゐることと、派生的な一切の資料まで研究してゐる點で隠れたる大家といはれる人に中田實氏がある。氏は一ツ橋高商出身で永らく日本郵船に會計係をつとめた人。大正十一年退職後は趣味生活に悠々自適の日を送つてゐる。氏の蒐集は日本切手三千枚(二百五十種)、同印紙二千枚(三百種)外國切手千枚(特種のもののみ)、外に氏は世界最小を誇るいろいろな細工物の蒐集千點あり、これについても興味ある話題多からうと一夕芝白銀台町に氏を訪うて趣味談を聞いてみた
(以下略)
そして翌11月4日には、ミニチュアコレクションに関するインタビュー。
さすがの米人も低頭した趣味競べ
代数と幾何学が要る懸け軸
よくぞ集めた”世界最小物”
中田實氏の『最小物コレクシヨン』は、表藝の切手蒐集(昨紙掲載)よりも寧ろ驚異に値するものではなからうか。以下氏の談話及び冩眞によつて一見されたい。
…☆ ★…
最小物コレクシヨンは十年ほど前から蒐め始めたのですが、……(中略)……然し三四年前頃からは ただ集めるだけ では承知が出來なくなり、自分で作つたり、人に註文して作らせたりして段々微に入り細を穿つやうな小さなものが殖えて來ました。私はデザインと表裝を主としてやります。
……(中略)……
今では幅一分位の帖も樂々と作れるやうになりました。先頃來朝して 世界最小物展を 催した米人ジユールス・シヤルブノー氏も、私の蒐集にはすつかり冑をぬいで、その後は度々宅へも見え、コレクシヨンの交換も行ふ仲となりました。
……(中略)……
私のこの仕事には またとない協力者 がゐまして、川崎小虎氏を師とする小林立堂さんが畫の方を、小林礫斎さんが細工の方を引きうけて下さつてゐます。
(中略)……
その他自慢の品々は……全部ひつくるめて五百種程はありませう。けれども、もうこのやうな大人の玩具蒐集時代は過ぎました。これからは守成の時期で、今これらを分類整理し、一目瞭然たらしめようと計畫中です。
展覧会ではミニチュアの制作者に焦点を当てていましたが、東京朝日新聞の記事ではコレクターに焦点を当てていて興味深い。しかも中田實氏は自らデザインを手掛け、制作を外注していたと語っているのですから。つまり、中田實氏がいなければ礫斎は作らなかったであろう作品が多数あることになります。
現在たばこと塩の博物館が所蔵する中田實氏のコレクションには、シャルブノー氏との書簡、蒐集品に関連する当時の新聞記事などのスクラップもあるとのこと。「派生的な一切の資料まで研究してゐる點で隠れたる大家といはれる人」ならではですね。
* * *
ちなみに、礫斎の作品価格について。
礫斎の作品の価格は当然ながら安いものではなく、昭和10年代で20円から60円程度で販売されている。公務員(高等官)の初任給が75円から100円の時代であることを考えれば、礫斎の作品を求められるのはどうやら限られた人々で、当時の三井、三菱などの財閥の家族や関係者が多かったようだ。
岩崎均史氏の論考中には他に、礫斎がなぜミニチュア制作を始めたのかという点についての社会的背景の叙述や、これらのミニチュアのマーケットに関する記述もあり、とても参考になります。100頁超の図録が800円というのもたいへん良心的な価格。
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