2021年10月17日日曜日

パナソニック汐留美術館:
ブダペスト国立工芸美術館名品展
ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ



ブダペスト国立工芸美術館名品展
ジャポニスムからアール・ヌーヴォーへ

2021年10月9日〜12月19日
パナソニック汐留美術館

19世紀後半のヨーロッパで、日本の美術や工芸の影響を受けた作品が様々な分野で作り出されるようになった現象のジャポニスムは、やがてアール・ヌーヴォーの源泉ともなります。工芸においても、イメージの模倣から始まり日本の装飾技法の研究を通じて、その魅力の根底にある自然へのまなざしや素材自体の効果を学び、探求が行われます。本展ではその様相を多数の優れた作例によってご紹介いたします。


※ 写真は内覧会にて撮影、掲載許可済 ※



| shiodome museum | oct. 2021 |

展覧会のタイトルから最初はハンガリーの美術工芸品による企画なのかなとおもっていましたが、さにあらず。19世紀末から20世紀初頭の欧米の陶磁器とガラスの名品の数々によって欧米工芸への日本の影響を見ようとするものです。


| shiodome museum | oct. 2021 |

ブダペスト国立工芸美術館のコレクションにはアール・ヌーヴォーの家具もあります。しかしこの展覧会は陶磁器とガラスに特化しています。


| shiodome museum | oct. 2021 |

ブダペスト国立工芸美術館にはジョルナイ工房とヘレンドのコレクションが多いので、陶磁器にフォーカスするのはもっともかもしれません。

ハンガリー国外の、ガレやドーム、ティファニーのガラスも実にすばらしい。


| shiodome museum | oct. 2021 |


| shiodome museum | oct. 2021 |

❖ ❖ ❖

欧米美術工芸への日本の美術工芸からの影響というと絵柄などといった分かりやすい直接的模倣が取り上げられがちですが、ここではアール・ヌーヴォーに至る時代の、日本的なものとはなにかという欧米の解釈、アプローチの違い、変化に焦点を当てているようです。すなわち、比較的単純な絵付けの模倣から、扱われるモチーフの模倣、様式的な模倣、器の形態の模倣、装飾技法の模倣、そしてそれらの混交などです。

たとえば技法の模倣としては日本の陶器の釉薬流し掛けを彷彿とさせるものとか。


| Herman August Kähler, 1900 & before 1898 |

装飾技法としては蒔絵的表現のガラス器とか。


| Daum Brothers, c.1925-30 |

まるで有線七宝のような装飾の陶器もあります。


| Zsolnay Factory, before 1896 |

瓢箪の形も日本からの影響ですね。


| Zsolnay Factory, c.1900 |

この作品など、わびさびまでも感じるなあ、と思ったら、器は17世紀の日本、瀬戸のもので、フランスで金属のマウントが施されているのでした。


| ornamental vessel, c.1899-1900 |

❖ ❖ ❖

ヘレンドというとジャポニスムというよりシノワズリ、マンダリンのイメージでしたが、このような作品もあるとは驚きです。


| Jenö Farkasházy-Fischer, Herendi Porcelain Factory, c1900. |

この作品の作者イエネー・ファルカシュハージ=フィッシェル(Jenö Farkasházy-Fischer, 1863-1926*)は1896年からヘレンドの経営を引き継いだ人物。経営者でもあり、作陶家でもあり、陶磁史研究者でもあり、当時衰退していたヘレンド製陶所を建て直した人物です。

* 2018年に汐留ミュージアムで開催されたヘレンド展図録およびwikipedia(ハンガリー版)ではイエネーは1861年生まれとされていますね。本展図録、そしてヘレンドのホームページでは1863年生まれ。さて。

❖ ❖ ❖

動植物への視線にも、日本の美術工芸が影響しているとの解説。


| shiodome museum | oct. 2021 |

なるほど。


|Zsolnay Factory, 1908 |

メインビジュアルにも用いられているティファニーの花器。


| Louis Comfort Tifferny, before 1898 |

孔雀の羽根の文様が美しすぎる。


| Louis Comfort Tifferny, before 1898 |

❖ ❖ ❖

ジョルナイ工房の作品キャプションに「エオシン彩」という言葉が頻出しています。解説によると「エオシン彩」とはジョルナイ工房のラスター彩のこと。ジョルナイ工房の銅ラスター彩が金属光沢のある赤色で暁の太陽の色に似ていたことからギリシア神話の曙の女神エオスEosにちなんだ命名だとか。

ラスター彩(エオシン彩)の器と、ティファニーのガラスと、キャプションを見ないと素材感の違いがよく分かりませんね。いや、私の目が節穴なだけか?


| shiodome museum | oct. 2021 |

ルイス・コンフォート・ティファニー。


| Louis Comfort Tifferny, c. 1913 |

ジョルナイ工房。


| Zsolnay Factory, 1898 |

❖ ❖ ❖

第1章から第3章まではアール・ヌーヴォーに見られるジャポニスムの影響。第4章の装飾陶板はそれまでの文脈からするとやや異質な印象を受けます。1900年パリ万博のビゴ・パビリオンの建築装飾の一部ということなので、まあアール・ヌーヴォーなのでしょう。


| Bigot & Cie, 1898-1900 |


| Bigot & Cie, 1898-1900  |

ビゴ・パビリオンとは、フランス中部ロワール=エ=シェール県メールにあるアレクサンドル・ビゴの陶器製造所で制作された建築用陶器製品を陳列紹介するために万博会場内に建てられた建築インスタレーション。万博でグランプリを受賞した後にブダペスト国立工芸美術館館長によって買い上げられたと。そして収集後はほとんど展示されることなく1980年代まで博物館の地下に仕舞われたまま、忘れ去られていたそう。

ビゴ・パビリオンの装飾陶板。アール・デコ的な印象も受けます。


| Bigot & Cie, 1898-1900  |

❖ ❖ ❖

第5章はドイツ語圏のアール・ヌーヴォーであるユーゲントシュテール。ベルギー、フランスの植物的アール・ヌーヴォーに対して、ユーゲントシュテールは「幾何学的アール・ヌーヴォー」と分類されるのですね。このセクションでは、アール・ヌーヴォー、ユーゲントシュテール、分離派、そしてモダニズムへの流れが見て取れます。


| Villeroy & Boch, 1903 & c.1906 |

❖ ❖ ❖

第6章はアール・デコ。ですが、アール・デコなのか、疑問を感じなくもありません。


| Daum Brothers, c. 1910 |

確かに時代的には1920年代前後なのですが、「アール・デコ」は1920年代30年代のデザイン様式をくくるために1960年頃に用いられるようになった言葉、定義であり、同時代のデザイン運動ではありませんので、それ以前から仕事をしているガレ(&ガレ工房)にしてもドームにしてもラリックにしても、未だアール・ヌーヴォーの表現が残っていてもおかしくはありません。

❖ ❖ ❖

日本の美術工芸の欧米への影響を、ブダペスト工芸美術館の所蔵品で見るわけですが、その影響関係は解説テキストで示されるだけで、相当する日本の工芸品が展示されているわけではないのでやや抽象的。もちろん影響のかたちは直接的とは限らないので難しいですね。もっともそんなことは関係なく、ただ美しい工芸品を見るだけでも十分な展覧会なのですが、日本工芸の知識があると、欧米でのその受容の様相がよりよく理解できることでしょう。

❖ ❖ ❖

ブダペスト国立工芸美術館は日本の美術工芸品を積極的に収集してきたとプレスリリースには書かれていましたが、美術館のDBをざっと見た限り、ジャポニスムはあっても日本の工芸品がヒットしません。探し方が悪いのかな。ひょっとしてハンガリー語で検索しないといけない?

追記:ハンガリーの東洋美術コレクションはフェレンツ・ホップ東洋美術館(Ferenc Hopp Museum of Eastern Asiatic Arts)に所蔵されているようですね。
ハンガリーにおける日本の美術・工芸品コレクションの歴史については、こちらのペーパーが参考になりそうです。
→ 「フェレンツ・ホップ東洋美術館における日本美術(日文研叢書第6集、1995、vi-xi)」 (PDF)
このウェブログ記事の最後で触れたオットー・フェッティク博士コレクションについても書かれています。

『日文研叢書第6集 フェレンツ・ホップ東洋美術館所蔵 日本美術品図録』目次へのリンクはこちら
版画、絵画、陶磁器、漆器、彫刻、古写真などが画像付きで掲載されています。根付についてはテキストによるデータのみ。

❖ ❖ ❖


| from wikipedia |

ブダペスト国立工芸美術館(Museum of Applied Art, Budapest)は2022年の開館150年を前に、目下改修工事中。ゆえの地方巡回のようです。

ところで英文表記「Museum of Applied Art, Budapest」を「応用美術博物館」ではなくて「工芸美術館」とするのは慣用でしょうか。wikipedia日本語版では「ブダペスト応用美術館」となっています。
ハンガリー語では「Iparművészeti Múzeum」。
「Iparművészeti」は英語で「Applied Art」なので「応用美術」。

なお金沢の「国立工芸館」の英文名称は「National Crafts Museum」です。

Museum of Applied Art, Budapestには工芸品ばかりでなく、印刷物、書籍、現代デザインのコレクションもありますので、Applied Art全般の博物館でしょう。そして国名はハンガリーなので、「国立ブダペスト応用美術博物館」が適切なのでは、と思いました。

調べてみると、2019年に国立新美術館で開催された展覧会のタイトルには「ブダペスト国立西洋美術館」でした。これ、美術館のハンガリー語名称は「Szépművészeti Múzeum」で、英文名称は「Museum of Fine Arts, Budapest」。ところでハンガリーって西洋なんですかね。少なくとも西欧ではないですよね。

ちなみに上野の国立西洋美術館の英文名称は「The National Museum of Western Art」。

他にも「Helend Porcelain Factory」はなぜ「ヘレンド磁器製造所」ではなくて「ヘレンド製陶所」なのか。「Zsolnay Factory」は「ジョルナイ工房」でなくて「ジョルナイ陶磁器製造所」なのか。「Saint-Denis Factory」は「サン=ドニ工房」、「Rörstrand Porcealin Factory」は「ロールストランド磁器製造所」、「Teplice-Trnovany Factory」は「テブリツェ=ツルノヴァニ製陶所」と訳されているではないですか。「製陶所」「陶磁器製造所」「磁器製造所」「工房」はどのように訳し分けられているのか。「Faience Factory」を「製陶所」と訳しているのは、ファイアンスは陶器だから納得。しかし「Workshop」を「製陶所」と訳している場所もある。うーむ奥が深い。

❖ ❖ ❖

この展覧会、コレクションのすばらしさ美しさは言うまでもありませんが、展示、特に照明が素晴らしい。照明は灯工舎・藤原工さん。作品の背後にも光を入れるのは、汐留美術館の工芸品展の定番。


| shiodome museum | oct. 2021 |


| shiodome museum | oct. 2021 |


| shiodome museum | oct. 2021 |


| shiodome museum | oct. 2021 |


| shiodome museum | oct. 2021 |

他の巡回館をみていませんが、汐留会場が作品を最も美しく見せていると断言します。

❖ ❖ ❖

図録。なかなかよい出来です。


| shiodome museum | oct. 2021 |

A5判と、サイズは大きくありませんが、写真は鮮明、印刷は高精細、そしてすべてではありませんがクローズアップ写真もあって、デテールも見ることができます。コレクションの由来、作家や工房、技法の解説も充実。これは買いです。
❖ ❖ ❖

ブダペスト国立工芸美術館所蔵のアール・ヌーヴォー作品の多くは同時代の万国博覧会などで蒐集されたもののようですが、今回の展覧会に出品されているガラス器、陶磁器の3分の2以上が1948年に獣医大学のオットー・フェッティク博士(1871-1954)によって工芸美術館に寄贈されたものだそうです。工芸美術館のフェッティクコレクションは1500点以上に上るとか(図録、23-24頁)。