もう2ヵ月近く前のことになりますか。2月のはじめに見てきました。
アンリ・カルティエ=ブレッソンやジャック・アンリ・ラルティーグ、木村伊兵衛などの古典的作品から、 荒木経惟や森山大道、そして鷹野隆大の近作「カスババ」シリーズまで、多様な作品。「スナップショット」ということばがどのような撮影行為を指しているのか、逆によく分からなくなりましたが、良い展覧会でした。
良かったのは、ウォーカー・エヴァンズ(Walker Evans, 1903-75)の地下鉄シリーズ(1938-41)。NYの地下鉄で、向かいの席に座る人びとを隠し撮りしたものです。現代のコンテクストではこのような撮影行為は問題がありそうですが、撮られることを意識していない人びとの姿、風俗は、作品としても魅力的ですし、歴史という視点からも貴重なものです。
そしてなによりも良かったのは、ポール・フスコ(Paul Fusco, 1930-)の「RFK Funeral Train」(1968)。暗殺されたロバート・F・ケネディの棺を運ぶ葬送列車を見送る人びとを、列車の中から撮影したものです。
展覧会のリーフから引用します。
ポール・フスコ Paul Fusco 1930-
「ある夏の暗い日、『ルック』マガジンの編集者は、私が事務所に着いて顔を見るなりすぐに切り出した。「ポール。ボビーの棺をワシントンDCへ運ぶ列車がペン・ステーションからでる。それに乗ってくれ。」私はきびすを返し、カメラとフィルムを持って電車に乗った。」(ポール・フスコ)
現在マグナム・フォトのスタッフ・フォトグラファーとして雑誌や新聞などに記事を掲載するフスコが、まだ駆け出しの頃に携わった仕事は、暗殺されたロバート・F. ケネディの棺を運ぶ列車の窓から、追悼する人々の姿を撮影することだった。1968年6月5日、NYからワシントンDCまで通常4時間の走行距離を、ゆっくりと走るFuneral train(葬式列車)。それを見送る大勢の人たち。フスコは8時間のあいだ、コダクロームで2000カットを撮影するが、『ルック』マガジンは、結局この写真を掲載せず、長い間日の目を見ることはなかった。30年の沈黙を経て、90年代末からヨーロッパに出はじめた「RFK Funeral Train(ロバート・F. ケネディの葬式列車)」を本展では紹介。
フスコの言葉は、写真集のあとがきに記されているものです。英文も引用しておきます。
On that dark summer day, shortly after I arrived at the office, William Called me. As I entered his office he looked up and said, "Paul, there's a train at Penn Station that's going to take Bobby's coffin to Washington, D.C. Get on it!" It was a command. I turned around, got my cameras and film, and got on the train, stopping first to photograph the memorial services at St. Patrick's Cathedra.
写真美術館のHPによると、プリントは日本初公開だそうです。
フスコが所属するマグナムフォトによるフスコの紹介。
ポール・フスコ Paul Fusco
アメリカ人
1930年マサチューセッツ生 -
ニュージャージー在住
1930年、アメリカのマサチューセッツ州に生まれる。
1940年代より写真に興味を示し、1951年から3年間写真家としてアメリカ陸軍通信隊に所属する。1957年、オハイオ大学でフォトジャーナリズムの学士号を取得。同年より1971年の長きに渡り「ルック」誌を代表する専属写真家として活躍し、アメリカ各地を取材した。
1974年、多くのマグナムの写真家の推薦によって正会員として迎えられた。70年代には、集中して4冊もの写真集を出版、一躍名声を得た。
個展もニューヨークやサンフランシスコで開催され、またメトロポリタン美術館やニューヨーク近代美術館でも作品が展示され、大きな反響を呼んだ。最近では、メキシコのサパティスタ、エイズ問題や、チェルノブイリ事故の後遺症問題などに取り組んでいる。
2000年には、1968年のロバート・ケネディの遺体を運ぶ列車の中から沿道の人々を撮影した写真集「RFK Funeral Train」を編纂し、大きな反響を呼ぶ。世界各地で展覧会も開かれた。
http://www.magnumphotos.co.jp/ws_photographer/fup/index.html
次のサイトで、フスコのこの作品の一部を見ることができる。
次のビデオは葬送列車からみた沿線の人びと。フスコの写真も挿入されています。
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このエントリは本当は3月11日に書こうと思っていたものです。ちょうど前日ぐらいに、3月12日に予定されていた九州新幹線全線開通記念のCMが話題になっていました。Youtubeでそれを見てポール・フスコの作品を見たときのことを思い出したのです。
JR九州のCMは、特別に仕立てたCM撮影列車がその車窓から沿線で開通を祝う人びとを撮影したものです。
すばらしいCMだと思いました。が、開通を前にして大震災が起きてしまった。新幹線は予定通り開業したものの、祝賀行事はすべて中止。現在このCMは放映未定だそうです。残念なことです。私もウェブログに書く気力がなくなってしまって、この件をしばらく放置していました。
Picasaには車窓からの写真もアップロードされています。
かたや葬送の悲しみ。かたや開通の喜び。感情のベクトルは真逆を向いているのですが、どちらもその真剣な気持ちがカメラのレンズを通して、写真、映像を見るものに直接語りかけてくる。フスコの『RFK』も、JR九州のCMも、人の感情を揺さぶります。表現上の類似はさておき、このふたつに共通するものはなんなのだろう、と考えています。
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今回の展覧会とは関係ありませんが、ポール・フスコにはもうひとつ代表作があります。それはチェルノブイリ周囲の子供たちの写真。震災による原発事故を受けて、話題になっています。こちらも、次のサイトで一部の写真を見ることができます。閲覧注意。
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20110501追記
調べてみると、バドワイザーのCMに似たものがあるとのこと。
見てみました。たしかに、車窓から、という点は同じ。楽しいCMですが、感動するというのとは違う。フスコの写真やJR九州のCMとの違いは、「人」でしょうか。
2013.3.1追記
「祝! 九州」のCMがポール・フスコの「RFK」がきっかけであったことが『日経デザイン』2012年5月号(34-35頁)に書かれていました。これまではオマージュであろうと推測していましたが、担当者がそのように語っています。
企画制作を担当したのは、電通コミュニケーション・デザインセンターのアートディレクター正親篤氏。
ポール・フスコの写真集『RFK Funeral Train』では「写真の中の人々は当然、皆、沈うつな表情をしている。これを見た正親氏は『これが全部笑顔だったらどうなるだろうか』と考えた」のだそうです。
もうすぐ九州新幹線全線開通、そして震災から2年ですね。
こんにちは、はじめまして。
返信削除「ロバートケネディ、葬送列車、写真」の検索でやって参りました。
九州新幹線のCMをウェブで観て、やはり
先日恵比寿の写美で観たあの写真シリーズを想起しました。
読ませるエントリですね、素晴らしい。
ありがとうございました!
rosiさん、こんにちは。
返信削除フスコの「RFK」、とても強く印象に残りましたよね。
写美のあのコーナーを何周もしてしまいました。
九州新幹線のCMもようやく流れ始めたようで、なによりです。
元ネタがあると分かっても、いいCMです。