2011年10月25日火曜日

山下恒雄:寿人遊星

竹橋の「コガネムシ」と同じ作者の「寿人遊星」。
竹橋の隣、九段下駅近くの公園に設置されています。



| kudanshita | aug. 2011 |


平成三年のコガネムシより前、昭和六十一年の建立。
寿老人を模ったという像は、コガネムシほどではないけれどもインパクトがあります。



| kudanshita | aug. 2011 |

銘板によると……


寿人遊星

この彫刻は、一九八六年 ハレー彗星の地球接近を記念し、人びとの幸福を望み、星と縁(ゆかり)の深い”寿老人”を模して製作されたものであり、「彫刻のあるまち・千代田」として、潤いと個性のある歴史と文化を重視した新しいまちづくりを願う久保金司氏より、神田の魅力を記録した絵本「かんだ彷徨」の浄財をもとに本区に寄贈されたものです。

昭和六十一年七月
千代田区

”開・銘板 二〇六一年 ハレー彗星接近の年”



| kudanshita | aug. 2011 |

2011年10月24日月曜日

山下恒雄:金鋼鎚起 豊展観守像

東京メトロ竹橋駅近く、神田橋公園の入口に鎮座するコガネムシ。


| takebashi | jun. 2011 |

コガネムシだけれども、手足は人間。


| takebashi | jun. 2011 |

彫刻の銘板によれば……

金鋼鎚起
豊展観守像
山下恒雄作


この彫刻は、活気とやすらぎ・教育と文化の町として知られる千代田区に住む人びとの豊かさと発展する町を観守する姿を、こがね虫と人間の擬人化により、造形表現をして製作されたものであり、「彫刻のある町・千代田」として潤いと個性のある歴史と文化を重視した新しいまちづくりを願う久保金司氏より、神田の魅力を記録した写真集、神田つ子の昭和史「粋と絆」の浄財をもとに本区に寄贈されたものです。

平成三年九月
千代田区

神田橋公園


| takebashi | jun. 2011 |

インパクトありますね。

2011年10月23日日曜日

工藤健:集いの詩

下丸子のマンション街「パークハウス多摩川」の周囲にはいくつもの彫刻が設置されています。


| shimomaruko | sep. 2011 |

そのひとつが、彫刻家工藤健の「集いの詩」。


| shimomaruko | sep. 2011 |

トロンボーンを吹く人、と思われますが、手に持った玉はなんでしょう。

* * *

工藤健氏は、タコ滑り台の原型、石の山を作った人。


| shimomaruko | sep. 2011 |

背面にサイン。
1980年の作品のようです。


| shimomaruko | sep. 2011 |

2011年10月17日月曜日

聖蹟公園の石井鐵太郎像と新聞少年像

品川区立聖蹟公園と、世田谷区立八幡小学校に新聞少年の銅像を寄贈したのが、石井鐵太郎氏。その鐵太郎氏の銅像が、聖蹟公園にあります。


| kitashinagawa 2 | oct. 2011 |

石井鐵太郎氏(明治26(1893)年〜昭和53(1978)年)は、東京産業信用金庫(現さわやか信用金庫)の会長を務め、また長らく地元の社会福祉活動にも尽力してきた人物。

品川区の名誉区民第1号でもあります。





品川で名誉区民制度
第一号に石井さん


(前略)
石井さんは戦前から民生委員として、多方面の福祉活動に努力。戦後の混乱期には、都民生委員協議会に呼びかけて要生活保護世帯の実態調査をおこない、この調査資料が米進駐軍司令部の厚生部長、福祉課長の状況調査と物資の救援を促した、といわれる。
27年以来、品川区社会福祉協議会の会長。41、2年度に私費百万円で「寝たきり老人の実態調査」をおこない、行政の寝たきり老人対策の端緒になったという。現在、都社会福祉協議会の名誉会長でもある。
都内で最初の児童会館を品川区内に誘致するなど、児童福祉の分野でも活躍。さらに長らくと共同募金会副会長、都同胞援護会会長などもつとめている。

『朝日新聞』1975年12月6日朝刊、20ページ。



| kitashinagawa 2 | oct. 2011 |

調べもののついでに、東京産業信用金庫の新聞広告。


『読売新聞』1961年8月13日、夕刊1頁。


『読売新聞』1962年3月11日、夕刊1頁。


『読売新聞』1963年5月11日、朝刊1頁。

* * *

日も暮れかかっていたのですが、改めて新聞少年像(夜明けの像)を鑑賞。


| kitashinagawa 2 | oct. 2011 |

写真ではスケール感が分からない思うのですが、八幡小学校の新聞少年像と比べるとずいぶんと小さい。


| kitashinagawa 2 | oct. 2011 |

じっさいの少年の7〜8割ぐらいのスケールではないでしょうか。


| kitashinagawa 2 | oct. 2011 |

八幡小学校の新聞少年像はほぼ実物大という印象でした。


| kitashinagawa 2 | oct. 2011 |

作者名が記されていないか、探してみましたが周囲に植え込みがあることもあり、分かりませんでした。


| kitashinagawa 2 | oct. 2011 |

2011年9月22日木曜日

八幡小学校:新聞少年像

石井鐵太郎氏が世田谷区立八幡小学校に寄贈した新聞少年像を見てきました。タイトルは「錬磨」。同じく鐵太郎氏が寄贈した品川区立聖蹟公園の新聞少年像(後述)とは別物でした。


| tamagawa-den-en-chofu | sep. 2011 |

世田谷は広いですのが、八幡小学校はどこにあるのかと思って調べてみれば、うちから自転車で20分の距離。


| tamagawa-den-en-chofu | sep. 2011 |

東急東横線の自由が丘と田園調布の間の車窓から見える小学校がそれでした。これまでに何度か前を通ったことがあるぞ。


| tamagawa-den-en-chofu | sep. 2011 |

ただし、新聞少年像があるのは東横線と反対側にある正門を入ったところでした。


| tamagawa-den-en-chofu | sep. 2011 |

校庭開放の日、PTAの係の人に声をかけて像を撮影させてもらいました。

この像の寄贈の経緯について、再掲します。



金次郎より新聞少年像
世田谷・八幡小の校庭に建つ


二宮金次郎は古い。いまの理想像は新聞少年だ——東京都社会福祉協議会会長の石井鉄太郎さん(七八)が、母校の……区立八幡小……に、ブロンズの新聞少年像を寄贈、十九日朝、同校校庭で除幕式が行なわれた。
像は高さ一・三メートル、半そでシャツに半ズボンの元気のいい少年が新聞をかかえて走っている姿で、東大講師の小金丸幾久氏の制作。石井さんは「朝早く散歩するとき、よく新聞少年に出会って、感激する。私も小さいとき、魚屋の小僧をした。みなさんもこの少年のように健やかに、たくましく生きて、りっぱなおとなになってほしい」と、参列した小さな後輩たちに語った。

『読売新聞』、1971年7月20日、朝刊13頁。


| tamagawa-den-en-chofu | sep. 2011 |

PTAの人に聞いたところ、八幡小学校には二宮金次郎像はないとのこと。


| tamagawa-den-en-chofu | sep. 2011 |

金次郎は元から存在しなかったのか。


| tamagawa-den-en-chofu | sep. 2011 |

それとも鐵太郎氏によって置き換えられてしまったのか。

* * *

石井鐵太郎氏は、八幡小学校よりも4年前、昭和42年(1967年)に、品川宿本陣跡にある「聖蹟公園」にも新聞少年像を建てていることは、すでに触れました。


こちらのタイトルは「夜明け」。


| kitashinagawa 2 | jan. 2011 |

聖蹟公園に掲示されていた解説には、次のように書かれています。

夜明けの像 昭和二十四年に二宮尊徳像が建立さられたが、昭和四十二年に石井鐵太郎によって、現在の子ども達が親しみやすい像ということで改めて新聞少年の像が贈られた


| kitashinagawa 2 | jan. 2011 |

こちらの少年は野球帽。八幡小学校の少年は無帽。
聖蹟公園の像の作者は分からないのですが、八幡小学校の像は彫刻家の小金丸幾久氏。
八幡小学校の新聞少年のほうが、顔も姿も整っているように思います。

2011年9月20日火曜日

公園遊具:東嶺公園のカップル

ここにもいました、例のカップル。
やはり高いところが好きなようです。


| higashi-minemachi | sep. 2011 |

ベージュ色に塗り込められてしまって、裸度が増しています。
髪の毛を黒で塗るとよりリアルになってしまうでしょうね。


| higashi-minemachi | sep. 2011 |

左側の女の子、腕に何を抱えているのでしょう。
男の子の視線もそちらに向いている。


| higashi-minemachi | sep. 2011 |

まさか、ふたりの愛の結晶!?

2011年9月18日日曜日

新宿中央公園の制水弇

そういえば、高層ビル街〜新宿中央公園あたりは淀橋浄水場の跡地でした。

こちらは立小便禁止の注意書きのそばにある「制水弇」です。


| shinjuku | sep. 2011 |

「せいすいえん」と読むらしい。
検索するといろいろ出てきます。
意味としては「制水弁」と同じよう。


| shinjuku | sep. 2011 |

こちらは「空氣弇」。
「くうきえん」と読むのでしょう。

* * *

ところで本題は漢字の読みではなくて、マンホールの柄。
東京都の紋章、通称「亀の子マーク」のデザインです。


これが繰り返しパターンになっている。
なかなか良くできていますね。
東京都の紋章が様々に応用可能な優れた意匠だということがよくわかります。ただし、現在のCIテキストではNGになりそうですが。


| shinjuku | sep. 2011 |

上は「制水弁」。
書体が丸ゴシックで、旧字体楷書の上記ふたつよりも新しそうですが、やはり亀の子文様です。