2010年5月23日日曜日

「尾崎文彦の元気 無垢の目Ⅱ」展




尾崎文彦の元気 無垢の眼II
2010年5月6日(木)〜5月29日(土)
早稲田大学會津八一記念博物館一階企画展示室

尾崎文彦の元気 無垢の目Ⅱによせて:文化:教育×WASEDA ONLINE

ポスターの絵(↑)が面白く、どのような画家なのかとても気になっていた。いわゆるアウトサイダー・アートのひとつ。

アウトサイダー・アートというと、1997年に資生堂ギンザ・アートスペースで見たヘンリー・ダーガーの作品が強烈に過ぎて、今回の展覧会と同じ會津八一記念博物館で2008年に開催された「無垢の眼I」展で優しい色彩の海を見たときにやや拍子抜けした私は偏見の塊ですね。

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[尾崎文彦が]にわかに画才を噴出させるようになったのは4・5年まえからで……三沢厚彦の「ANIMALS 05」展を訪れた或る人が、作品集『ANIMALS』……を尾崎にプレゼントしたことがきっかけであったらしい。
展覧会図録、6頁。

作品に既視感を抱いたのだが、そういうことであったのか。
比べてみると、なるほど、なるほど。


『尾崎文彦の元気 無垢の眼II』展図録、2009年、30頁。
『MISAWA ATSUHIKO ANIMALS '08 in YOKOHAMA』展図録、2008年、95頁。
引用した三沢厚彦の作品のほうが新しいのは、手元に他の資料がなかったからです。

尾崎の2006年の《ねこ》は、三沢の作品集に掲載されているドローイングによっているのだろうし、2007年のキリンも同じ本にのる木彫やドローイングを写したものであろう。ふつうなら、これらは、単なる自由模写とか、もっと悪く言えば剽窃と評されて、片付けられてしまうところなのだが、そうならないのは、ちょうどゴッホがミレーの絵を自身のタッチと色彩で再解釈しながら描きあげた模写のように、目からとりこまれた原作が完全に体内で消化され、画家独自の表現としてあらたに立ち上がってきているからである。
展覧会図録、6頁。

いやいや、模倣であるとか剽窃であるとかは見る者の評価であって、尾崎がオリジナリティの点で評価されることを意図していなければ、そんなことはどうでも良いのではないか。

私には尾崎文彦の作品を表現するボキャブラリーがないことがもどかしいのだが、とても良かったことは記しておきたいと思う。

作品も純粋によかったが、そのような作家、作品を探し出してくる行為、それを観賞するという行為等々、多くの問題を提起してくれるこの企画自体もすばらしい。

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この展覧会図録で、山下清の作品の展覧会を初めて開催(昭和12年)したのが早稲田大学の同じ場所であることを知った。へえ。

知りたいこと:ヘンリー・ダーガーは孤独な世界に生きて、誰にも知られることなく作品と技法と独自の世界を作りあげていったが、現代の多くのアウトサイダーには見守る人や指導する人がいると思われる。作品におけるそのような人々の関わりはどのように評価されるものなのだろうか。白い画用紙ではなく、濃い色の紙に背景まできっちりとパステルで塗られた尾崎文彦の技法は作品の魅力の一部であるが、それは彼自身によって選択されたものなのだろうか。

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