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CIの歴史に関するよいテキストはないでしょうか。CIの理論、実践に関する書籍はいろいろとあるのですが、過去の事例を歴史的な文脈に置いたテキストをご存じの方があれば是非教えてください。
A・フォーティの『欲望のオブジェ』(邦訳1992年)第10章は「デザインとCI(コーポレート・アイデンティティ)」というタイトルであるが、じっさいにはロンドン市交通局とフランク・ピックの事例が取り上げられているだけである。CIの歴史的展開そのものについて、フォーティはウォーリー・オリンズの『コーポレート・アイデンティティ』(1978年)*を挙げ、「この本はひじょうに教えられるところが多いので、私はここでは彼の主張をまとめる以上のことをする必要はない」と述べている。というわけで、CIの歴史を扱った私の知っている唯一の文献はオリンズである。
* Wally Olins, The corporate personality: an inquiry into the nature of corporate identity, London, 1978.
本書のタイトルは『コーポレート・パーソナリティ』。オリンズは1990年に『コーポレート・アイデンティティ』という別書を出版している。『欲望のオブジェ』邦訳中のタイトルはおそらく意訳で、結果的に誤解を招くものになってしまっているのか。
オリンズはCIのコンサルタントWolff Olinsの共同経営者(1997年まで)であり、本書も本来は理論と実践を主眼とした内容なのだが、刊行から30年以上を経過してその事例はすでにCI史の文献といってもよいかも知れない。オリンズ自身「ビジネスの世界ではものごとの変化は非常に早く、現在の出来事について私が記したことも読者の目に触れるときにはすでに歴史になっているかも知れない」(10頁)と述べているのは慧眼である。(オリンズはオクスフォードで歴史を専攻しているのだ。)
本書の第1章と第2章はCIの起源と歴史を考察しているが、これについてはまたの機会にまとめてみたい。しばらく前に、ナチスドイツとCIとの関係についてつぶやいている若者を見かけたが、そんなことも30年以上前に本書で論じられている。
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『コーポレート・パーソナリティ』で取り上げられている事例のひとつに、アメリカの宅配業者UPS(United Parcel Service)がある。大規模な配達システムを効率的に運営するために、UPSはいわゆるCIによって内部的な規律と顧客イメージの向上を果たしてきた。その実例の一つが配送車のデザインなのである。
UPSは社員のモティベーションを高め、その水準を上げ続けるために複雑なプログラムを開発しなければならなかった。彼らは独自の用語と複雑なシンボルを通じて精鋭主義を実践していった。たとえば、配送トラックやバンはパッケージ・カーと呼ばれている。個々のパッケージ・カー、じっさいには全車両がUPSの要望に合わせて特別に誂えられている。すべての車両が茶色の標準色で塗装されており、自動車メーカーの名前は外され、もともとのモデルが分からないようにボディの大部分に変更がなされている。UPSの車両には、Mack、GMC、Chevrolet、Dodge、Fordのバッジは付いていない。すべてのUPSのパッケージ・カーは毎日洗車される。『アメリカン・コマーシャル・カー・ジャーナル』によれば、あらゆる点が標準化され、コード化されているという。たとえば、パンクした場合は471、ロードサービスの呼び出しは386といった具合である。輸送業界の大部分の人びとが荷下ろしターミナルとか主要配送センターと呼んでいる場所を、UPSの世界ではハブと呼んでいる。パッケージ・カーを運転し、荷物を配送する人物はパーセルマンである。(オリンズ『コーポレート・パーソナリティ』27頁)
で、日本のUPSの「パッケージ・カー」。トヨタ・ハイエース。黒くてぴっかぴか(ちょっと焦げ茶色が入っているかも知れない。車に疎いので、カスタマイズされているかどうかは分からない)。トヨタのエンブレムは外されこそしていないものの、前後とも車体と同色で塗りつぶされている。ドアの把手もバンパーもホイールもみんな黒。全体にシンプルでありながら、印象的。
なお、言うまでもなくオリンズの叙述は1978年ごろのUPSに関するもの。UPSは2003年に新CIを導入している。1961年から2003年まで使用されていたシンボルはポール・ランドによるものだ。また、日本への進出は2004年だそうだ。とはいえ、周囲の風景が映るほどに磨かれたボディと塗りつぶされたエンブレムに、彼らのCIポリシーの連続性を見ることができると思う。
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