ファッション史の愉しみ―石山彰ブック・コレクションより―
2016年2月13日〜2016年4月10日
世田谷美術館
西洋服飾史研究家・石山彰氏(1918-2011)のコレクションを中心に、16世紀から20世紀初頭にかけてのファッション・ブックとファッション・プレート、および服飾史研究書や明治時代の錦絵をご紹介します。神戸ファッション美術館が所蔵する同時代の衣装も合わせて展示することで、ファッション・プレートやファッション・ブックが持っている、ファッションであり画家の作品であり版画であるという、さまざまな要素が複合する魅力に迫ります。
今年は、(東京近郊の)あちらこちらの美術館でファッション関連の展覧会が目白押しです。
すでに始まっている展覧会を挙げただけでも、これだけあります。
- ファッション史の愉しみ―石山彰ブック・コレクションより―(世田谷美術館、2016.2.13〜4.10)。
- PARIS オートクチュール―世界に一つだけの服(三菱一号館美術館、2016.3.4〜5.22)。
- MIYAKE ISSEY展: 三宅一生の仕事(国立新美術館、2016.3.16〜6.13)。
- ヨーロピアン・モード(文化学園服飾博物館、2016.3.8〜5.17)。
- コンデナスト社のファッション写真で見る100年(CHANEL NEXUS HALL、2016.3.18〜4.10)
- Modern Beauty フランスの絵画と化粧道具,ファッションにみる美の近代(ポーラ美術館、2016.3.19〜9.4)。
この後にも、ルイ・ヴィトン、ポール・スミス、マリメッコなど、ブランドの展覧会なども含めて非常に多くのファッション系展覧会が予定されています。
そのなかでも、世田谷美術館の「ファッション史の愉しみ ―石山彰ブック・コレクションより―」はファッション・イグジビション・イヤーの先陣を切って始まった展覧会です。
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先陣を切って、といっても、この展覧会の自体は神戸ファッション美術館で開催された展覧会(2014.10.18〜2015.1.6 ☞ こちら)の巡回展です。
さらにいえば、この企画は石山彰氏が亡くなられた2011年から始まっていたと言ってよいので、2016年に東京で開催されることになったのは偶然。偶然ではあるけれども、これだけ重なるのは、やはりなにか時代のトレンドなのでしょうね。
展覧会の趣旨としては、西洋服飾史研究家・石山彰氏(前お茶の水女子大学教授、文化学園大学名誉教授)の約70年にわたる研究生活によって遺されたファッション史関係のブック・コレクションを展示するもの。石山氏の没後に、お弟子さんである能澤慧子氏(東京家政大学教授)と東京家政大学の院生によって行われたコレクション調査の成果です。
しかし、見どころはそれにとどまりません。会場には神戸ファッション美術館が所蔵する西洋衣装の実物が合わせて展示されているのです。
まずは、会場の展示風景を見てください。
※ 世田谷美術館の許可を得て撮影・掲載しています。
壁面には石山彰コレクションのファッション・プレート。
展示ケースにはファッション・ブック。
そして展示室中央の台には、神戸ファッション美術館の実物史料。
ご覧の通り、マネキンにはメイクが施されています。
メイクは、衣装と同時代のファッション・プレートを参考にしているそう。
もちろん、盛り盛りのヘアスタイルも!
いやいやいや、この髪型で馬車に乗れたのだろうかとか、邸宅の入口や部屋の扉から入ることができたのだろうかと、いろいろな心配が頭をよぎります。じっさい、同時代にも過剰なファッションを皮肉る風潮はあったようですが。
《クリノリンの幸不幸》と題する画。1858年頃。
《クリノリンの天下》。1858年頃。
クリノリンとは、スカートを張らせるためのアンダースカートおよびその材料。丸い輪の形をしたかごのように作った枠に布などを張ったもの。
こちらは、胴着を試着させる仕立屋の再現。18世紀後半。
胴着のウエストの細いこと!
横には同様の場面が描かれたファッションプレート。
これらに対して、20世紀ファションを着せたマネキンはシンプルですね。
手前の水着は、ジャンセン社(Jantzen, 1923)。ウールです。
ファッション・プレートに現れた衣装とまったく同じものがあるわけではありませんが、時代のスタイルを立体的に見ることができる展示構成になっています。壁のファッション・プレートと、中央の衣装との間を行ったり来たり。
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タイトルは「ファッション史の愉しみ」。石山彰コレクションが見せるのは「ファッションの歴史(変遷)」にとどまらず、「ファッション史研究の歴史」でもあります。
また、「ファッション史研究」がなにを目的として成立してきたかを考えると、それは古今東西のファッションに学び新しいファッションを生み出すための素材であったわけで、「ファッション史」自体がファッションの歴史でもあるのです。
マネキンを使った再現から分かるのは、ファッションはそれを着る人間がいて成立するものだということ(あたりまえですが)。ファッションはそれを着ていた人々の身分、職業、生活等々を語る歴史史料でもあります。
また、ファッション・ブック、ファッション・プレートの同時代的な役割を考えれば、それは「ファッション・メディアの変遷」を見る展覧会でもあります。もちろん、そこには印刷技法の歴史も含まれます。また、ファッション・メディアを誰が需要していたのかという歴史でもあります。
それゆえに展覧会の構成は多層的。
さまざまな関心、視点から見ることができます。
一筋縄ではいきません。
ファッションの歴史は人間の歴史でもあると聞きましたが、まさにその通りです。
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三菱一号館美術館「PARIS オートクチュール」と比較してみるとどうでしょう。
「PARIS オートクチュール」展は、1868年に始まるパリのオートクチュールの歴史に焦点を当てた展覧会です。ギルドと言ってもよい規律を持つ組織と、そこに所属して世界のモードを牽引してきたファッション・デザイナーたちの作品が並んでいます。時代は19世紀末から20世紀。ファッション・プレートもありますが、展示物の点では、実物が主で、資料が従。
「ファッション史の愉しみ」展は、16世紀末から始まり20世紀前半までのヨーロッパのファッションの文献と実物。さらには、揚州周延らによる明治期の錦絵に描かれた日本人の洋装も紹介されています。これらの錦絵も石山彰氏のコレクション。これもある種のファッション・プレートですね。鹿鳴館時代の洋装の実物展示もあります。展示物の点では、資料が主で、実物が従。
「PARIS オートクチュール」はファッションのつくり手の歴史、「ファッション史の愉しみ」は社会におけるファッションに目を向けた歴史展示ということもできます。なので、前者ではデザイナーの名前が強調されますが、後者では必ずしもそうではありません。
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会場を出たところ、ロビーで上映されている映像は必見です。映画やテレビドラマの映像をまとめたもののように見えますが、こちらは神戸ファッション美術館が制作したこのオリジナル映像。18世紀後半から19世紀末までの衣装を役者に着せてヨーロッパで撮影したものだそうです。お金掛かってますねえ(笑)。
展示総数は約500点! 素敵な表紙の展覧会図録(1,500円)には、展示作品すべてが掲載されているわけではないので、お気に入りの作品はしっかり目に焼き付けるか、タイトルを控えておいてネットで検索するとよいでしょう。ファッション・ブック、ファッション・プレートには著作権が切れていてネット上で公開されているものも多いようです。
石山彰氏の未公刊テキストも収録された論考集(500円)もありました。
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個人的にとても気に入ったファッション・プレートはこちら。
A.E. Marty, La Rythmique(リズム体操)。
白い衣装を着てダンスする子供たちがかわいい。
これは1912年から1923年までに7巻が刊行された『Modes et manières d'aujourd'hui』というファッション誌の1枚。1巻ごと1名のイラストレーターに作品が依頼され、各巻300部のみが刊行された。彩色はポショワール。
※ ポショワール (pochoir):ポショワールとは、亜鉛や銅版を切り抜いた型を用いて刷毛やスプレーで彩色する西洋版画の一種です。写真製版によって作家の原画から複製品を作る技術が無かった20世紀初頭に、このポショワール技法が多く用いられました。(出典:大村美術館ウェブサイト)
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なお、石山彰ブック・コレクションが今後どこに引き取られることになるのかは決まっていないそうです。まとまった形で継承されるといいのですが。
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