2010年8月16日月曜日

世田谷美術館:フェリックス・ティオリエ写真展:こだわりの在処



すでに終わってしまいましたが、世田谷美術館で開催されていました「フェリックス・ティオリエ写真展」のメモランダム。


フェリックス・ティオリエ(1842-1914)は、19世紀末に炭坑や機械産業、繊維産業で急速に発展したフランスの都市サン=テティエンヌに生まれました。父親と同じく、1857年にリボン製造業に従事して成功をおさめ、十分な富を蓄えて1879年には37歳の若さで引退。以後はヴェリエールという村の15世紀に建てられた修道騎士館などに住みながら、考古学の研究、専門書の出版、画家との交流、写真撮影などでその生涯を過ごしました。
特に、バルビゾン派の画家たちとの交流はティオリエの写真にも大きな影響を与え、自然や田園などを写した風景写真などにそれが如実に表れています。19世紀末ピクトリアリズムの写真家と称されるのも、こうした交友関係や作風にあり、またそれがティオリエの写真の大きな特徴にもなっているのです。
ティオリエの写真は長い間その存在が知られていませんでしたが、1980年代に子孫によって紹介されることにより次第にその評価が高まっています。今回の展覧会では、遺族などが保管する世界初のカラー写真であるオートクロームや約170点の貴重なヴィンテージプリントが一堂に紹介されます。(展覧会チラシより)

フェリックス・ティオリエ写真展
2010年5月22日〜7月25日 | 世田谷美術館


展覧会内容のリポートはこちら(↓)に詳しい。


いろいろと分からないことだらけの私ですが、今回も分かりませんでした。何が分からないのかというと、この展覧会、作品をどのように観賞するべきかということです。

展示されている写真は、風景、家族や親戚などの「スナップ」です。もちろん「スナップ」とは言っても、19世紀末から20世紀初頭のカメラで撮ったものですから、現代の私たちが撮るようなものではありません。そんな手軽なものではありません。会場にも展示されていましたが、それはそれは大きなカメラを、これまた大きな三脚に据え、乾板を一枚一枚交換しながら撮るわけです。これを趣味でできる人は極めて少数の富裕層に限られていたでしょう。

というわけで、作品一枚一枚の背景にある技術的な困難は理解できるのですが、作品として優れているか、となるとまた別です。展覧会のサブタイトルは「いま蘇る19世紀末ピクトリアリズムの写真家」とあり、私は展覧会チラシに掲載された写真の雰囲気の良さに惹かれて砧公園まで足を伸ばしたわけですが、展示されていた写真の多くは「絵画的に」それほど面白いものでもなかったのです(失礼)。もっとも、ティオリエ自身は作品を展覧会に出すなど公表することはなかったということですので、後世のこのようなコメントは彼にとっては的外れで迷惑なことかもしれません。

ただ、「世界初のカラー写真」の展示、リュミエール兄弟との取引など、写真の歴史としては非常に興味深い展覧会です。ですので、東京都写真美術館で写真術の歴史の展覧会として紹介されていればまた違った感想となったのではないかと思う次第です。

* * *

今回の展覧会では、チラシの雰囲気に「騙された」感があります。悪い意味ではありません。写真のセレクト、レイアウト、書体、全体の色調。どれもとてもすばらしい。この素敵なチラシゆえに会場に足を運んだ人は、きっと私だけではないでしょう。(じつは図録を買わなかったので、デザイナーや印刷所がどこなのか、わかりません。)







展覧会に行く前にこのすばらしいチラシをしげしげと眺めていたのですが、写真をよくよく見ると網点がありません。そう、FMスクリーン印刷なのです。

デザイン関係者ならご存じと思いますが、通常の印刷ではサイズの異なる網点の組み合わせで濃淡を再現するのに対し、FMスクリーン印刷ではドットのサイズは変えずにその数(密度)の違いで濃淡を再現します。高精細な階調の再現ができるとされています。


今回の展覧会では、図録のみならず、チラシ、チケット、カードのいずれにもFMスクリーンが用いられていました。会場に行ってみると、ミュージアムショップのPOPにまで謳われていました。また、世田谷美術館のウェブログにも。

高精細印刷(FMスクリーン)により、ヴィンテージ・プリントをカラー4色使いで再現し、紙も高級紙ヴァンヌーボを使用しています。
ミュージアムショップからのおしらせ:セタビブログ - 世田谷美術館

最近はこれがふつうなのか、と改めて手元にある他の展覧会チラシをいくつか見直してみましたが、線数の違いはあるものの、みな通常のスクリーン。

今回の展覧会はその点かなりこだわったようです。はてさて、こだわりの主は学芸員さんかデザイナーさんか、それとも印刷屋さんか。


「ティオリエ」展チラシ写真の拡大。網点は見られない。白い粒状感は用紙のテクスチャとインキの微妙な光沢のためにスキャナのライトが反射しているものと思われる。実際にはしっとりと深みのある色。


こちらは同じ世田谷美術館で現在開催中の「ヴィンタートゥール」展チラシの拡大。通常の網点。


モノクロの地図部分で比較するともっと分かりやすい。こちらは「ティオリエ」展。


こちらは「ヴィンタートゥール」展。

ググってみても、このことに触れたウェブログはほとんど見あたりません。こだわりはどこまで伝わったでしょうか。でもちゃんと気づいている人もいますよ、ということで、ここに記しておきます(笑)。

展覧会は山梨、京都と巡回するようです。巡回先でもすべてFMスクリーン印刷になるのでしょうか。

山梨県立美術館:2010年9月4日~10月17日
美術館「えき」KYOTO:2011年5月26日~6月26日

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追記 20100817

図録などに使用されている洋紙「ヴァンヌーボ」は日清紡ペーパープロダクツ(株)の製品。

『ヴァンヌーボ』というネーミングはフランス語の「新しい風(VENT NOUVEAU)」に由来します。
洋紙|日清紡ペーパー プロダクツ株式会社ホームページ

NTラシャの「NT」が、日清紡(N)と竹尾(T)の頭文字だと言うことを上記サイトで初めて知りましたよ。へえ。

折も折、竹尾の見本帖本店では8月27日まで「ヴァンヌーボ ―印刷用紙の歴史を変えた紙」展を開催中とのこと。



紙本来の風合いと高度な印刷再現性を持ち合わせた紙。
従来では考えられなかったこのコンセプトで開発されたヴァンヌーボから「ラフ・グロス」という新カテゴリーが生まれ、各メーカーが競って数々の製品を開発してきました。ヴァンヌーボの1994年の誕生からこれまでの歴史と、多様な印刷表現に対応するシリーズ5銘柄の特性の違いを、見本帳や使用例とともに展示します。

「ヴァンヌーボ ―印刷用紙の歴史を変えた紙」
2010年8月4日(水)~8月27日(金)
株式会社竹尾 見本帖本店2F
http://www.takeo.co.jp/site/event/central/201005.html

2 件のコメント:

  1. コメント書くとまた思い出してむかつくんですが(笑)。先日エコ系の仕事なのでヴァンヌーボのFSC認証紙を指定したら、高いという理由で全く違う紙に変えられて(しかも無断で)憤慨しました。この時代コスト面の管理は重要ですが、紙と印刷様式で仕上がりが大きく変わるのに、そこまでデザインと考えてない関係者が意外に多くてがっかりします。

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  2. やっとかめさん
    怒りのポイントは「無断で」というところですね。
    せめて聞いてくれれば別の提案ができるものを。

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