2014年1月18日土曜日

印刷博物館:世界のブックデザイン2012-13:
アプローチの多様性

印刷博物館:P&Pギャラリーで開催されている「世界のブックデザイン2012-13」を見て、トークショー「2013年造本装幀コンクール受賞者『受賞作』を語る」(1月18日)を聴きました。




世界のブックデザイン2012-13
2013年11月30日(土)~3月2日(日)
印刷博物館:P&Pギャラリー


以下、備忘録。

トークショーの登壇者は造本装幀コンクールの上位3名(組)、MOMENT(渡部智宏・平綿久晃)、中野豪雄、西野嘉章らの各氏。それぞれの話を聞いて感じたのは、一口に優れたデザイン・装幀の本といっても、そのアプローチはさまざまであるということ。あたりまえのことなのですが、優れた方法論はある、しかし唯一の正解はない、ということを改めて感じたのです。

MOMENTがデザインした『われた魯山人』(前田義子、Scribner's、2012)は、筆者のものに対する美意識について語られた本。構造的にはそれほど特別なことはしていないように見えます。和英併記の本文、美しい写真。金継ぎをイメージした表紙カバーは面白い。方法としては、目黒区美術館『「包む」展図録』と同様、畳んだ紙を表紙にし、隙間から内側に印刷された図像が少しだけ見える仕組みです。本としての構想から完成まで10年かかったといいます。それはデザインのためというよりも、筆者のこだわりに応えていたためのようです。




『われた魯山人』
第47回造本装幀コンクール:文部科学大臣賞


(参考)



目黒区美術館『包む—日本の伝統パッケージ』展図録
アートディレクション&デザイン:大西隆介(direction Q)


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『アルケオメトリア』は東京大学総合研究博物館の同名の展覧会図録。中野豪雄さんの他の仕事とも共通するのですが、展覧会、展示のコンセプトと合わせた図録のデザインです。受賞作は、表紙も本文もグリッドとレイヤーを核として極めて論理的に設計された構造の下にレイアウトされています。表紙には、ポスター、チラシとも共通のデザインが用いられ、展覧会と図録とが一体のものとして作られています。


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上のふたつと比べ西野嘉章『浮遊的前衛』(東京大学出版会、2012)はとても異色です。東京大学総合研究博物館館長の、展示デザインなどにまつわるテキスト。本文も装幀も西野嘉章先生。先生いわく、最初にこんなタイトル、こんな装幀の本を作ってみたい、という発想ありき。そのために本文を書いたといいます。なぜ自分で装幀をするのかといえば、内容をいちばんよく知っているのが自分だから、なのだそうです。




西野嘉章『浮遊的前衛』
第47回造本装幀コンクール:東京都知事賞



西野嘉章『装釘考』


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MOMENTのお二人は、デザインを問題解決の方法と述べていました。中野さんはそのような言葉は用いていませんでしたが、基本的には同じ事がデザインの前提にあるように思います。筆者の、あるいは企画者の問題をデザインによって解決するわけです。デザインの方法論は異なっても、デザインが為すべきことについては共通しているのです。

しかし西野先生は違います。装幀が先にあって、コンテンツはあとから作られている。たしかに装幀の仕事ではあるけれども、はたしてこれはデザインなのでしょうか。「デザイン」の定義にも依るとは思いますが、これは近代デザインがこれまでに担ってきた「デザイン」とはかなり異質であるように思います。

登壇者3人(組)の仕事について、それぞれどのような感想を持っているか、ということを質疑のときに聞こうかと思いつつ止めました。なんかケンカになりそうな気がして(そんなことはないか)。

西野先生の方法はご自身の本だから可能なのであって、一般の職業的デザイナーが真似できることではない、というのが私の感想です。もちろん、表面的な部分——ざらっとした質感の紙を用いるとか、ヤレ紙で封筒をつくるとか、中国繁体字の活字を用いるとか——は、参考になるかもしれません。しかし、「他者の問題を解決する」という一般的なデザイナーの仕事にはちっとも参考にならない。もやもやするわけです。

と書きましたが、じつはそうとも言い切れないのです。デザイナーはしばしば個展を開きます。その場合、ポスター、チラシ、DM、会場構成等も自ら手がけることが殆どです。これは西野先生の本作りと共通しています。そして、グラフィックデザインの賞では、クライアント・ワークよりも、こうした自分自身のためのデザイン・ワークが受賞する例が意外に多いのです。これはいったいなんでしょう。

とりとめもなく書いてきて話をどうまとめてよいのかよく分からなくなりましたが、とりあえず、デザインには理由があるし、その理由はじつにさまざまであるということ。それがなぜどのようにデザインされたのかを抜きにしてはデザインは論じられないということが確認できた、とても刺激的なトークでした。

造本装幀コンクール | 社団法人 日本書籍出版協会

本コンクールは、出版、デザイン、印刷、製本産業の向上・発展と読書推進を目的としています。

『われた魯山人』は6,000円。『浮遊的前衛』は 6,825円。とても高価。うむむ。「ファンブック」という印象です。
『アルケオメトリア』は3,675円。展覧会図録としてはやや高めの価格設定ですが、サイズやヴォリュームを考えると妥当なところですね。

時間と金をかけてつくられたよい本。
時間も金もないけれどもよい本。
これもまたいろいろ。
ただ、「デザインは制約に従う」というチャールズ・イームズのことばが好きなので、困難をスマートに解決しているデザインに私は惹かれます。

20140203追記

「世界で最も美しい本コンクール2013」で銀賞を受賞した『魯迅の言葉』(平凡社、2011)。原研哉氏の装幀によるこの美しい本は、本文259ページで、1,780円。
『われた魯山人』は、232ページ、6,000円。
『浮遊的前衛』は、325ページ、 6,825円。




『魯迅の言葉』


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