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2012年6月30日土曜日

東京府のシンボル:渋谷あたりのマンホール

渋谷あたりをさまよっていていくつか東京府のマンホールがあるということに気がつきました。マンホール研究はそれを中心にやっていらっしゃるウェブログがいくつもあり、私のような素人がとりあげるまでもありませんが、2012年6月末時点での記録写真として残しておきます。

東京府のシンボル
林丈二『マンホールのふた〈日本編〉』
サイエンティスト社、1984年、27頁より。

渋谷4丁目:青山学院脇

こどもの城の正面から青山学院高等部前を経て六本木通りに通じる通りに6箇所。


| shibuya 4 | jun. 2012 |

拡大してみると歩道上にもかかわらずかなりすり減っており、年代物であることが分かります。


| shibuya 4 | jun. 2012 |


| shibuya 4 | jun. 2012 |


| shibuya 4 | jun. 2012 |


| shibuya 4 | jun. 2012 |


| shibuya 4 | jun. 2012 |


| shibuya 4 | jun. 2012 |


| shibuya 4 | jun. 2012 |

渋谷3丁目:並木橋児童遊園地脇

猿楽橋の渋谷駅側、並木橋児童遊園地の脇あたりに1箇所。
こちらは車道上なのでもっとすり減っています。


| shibuya 3 | jun. 2012 |

猿楽橋上

そして東4丁目交差点から代官山に通じる「猿楽橋」の歩道に4箇所。


| sarugakucho 1 | jun. 2012 |


| sarugakucho 1 | jun. 2012 |


| sarugakucho 1 | jun. 2012 |


| sarugakucho 1 | jun. 2012 |


| sarugakucho 1 | jun. 2012 |


| sarugakucho 1 | jun. 2012 |


| sarugakucho 1 | jun. 2012 |

東京府のマンホールについては、つぎのリンク先が詳しい。


「猿楽橋は昭和9年(1934年)7月に竣工」とのことです。

2012年2月16日木曜日

東京府のシンボル:目黒新橋

目黒駅から権之助坂を下り、目黒川を渡る目黒新橋のたもと。


| shimo-maguro | feb. 2012 |

交番の裏手に見慣れないマークのマンホールがありました。


| shimo-maguro | feb. 2012 |

「東」の文字をアレンジした紋章のようですので、旧東京府のシンボルマークでしょうか。しかし以前見た東京府のシンボルとは異なります。


| shimo-maguro | feb. 2012 |

林丈二『マンホールのふた〈日本編〉』によると、どうやら東京府のシンボルのバリエーションのようです。


林丈二『マンホールのふた〈日本編〉』サイエンティスト社、1984年、62頁。

2011年12月3日土曜日

境界の町

東京都町田市と神奈川県川崎市との境界がとても入り組んだものであることはよく知られているかと思います。
川崎市には、町田市と横浜市とに囲まれた飛び地もあるそうです。


| machida city | oct. 2011 |

そんな境界の町で接する3つのマンホール。


| machida city | oct. 2011 |

向こう側は川崎市の下水道マンホール。


| machida city | oct. 2011 |

川崎市の紋章入り。



市章
大正14年に決まった川崎市の市章です。この図柄の「川」は単に川崎の川という文字を表すだけでなく、市民の歴史とともに流れ続ける多摩川と、それと同じように発展する「川崎」を象徴しています。


そして手前には町田市の下水道マンホール。


| machida city | oct. 2011 |

町田市の紋章入り。



[市章]
(昭和33年10月1日制定)
マチダのマの字2つをもって田の字型に図案化して、市民の和合団結を表しています。中央の鳥型は平和と発展のしるしです。

さらにその隣には東京都水道局の仕切弁。


| machida city | oct. 2011 |

東京都の紋章入り。



東京都紋章
明治22年12月の東京市会で市のマークとして決定されたもので、昭和18年の東京都制施行に際し、東京都の紋章として受け継がれました。
紋章の意味は東京の発展を願い、太陽を中心に6方に光が放たれているさまを表し、日本の中心としての東京を象徴しています。
昭和18年11月2日付で告示され、東京都の正式な紋章とされました。


地図で見ると……


Google Mapを加工。

この道路はどちらが管轄しているのでしょうか。
道路中央の、アスファルトの微妙な切れ目が境界線なのでしょうか。
考え出したら夜も眠れません。

2011年9月18日日曜日

新宿中央公園の制水弇

そういえば、高層ビル街〜新宿中央公園あたりは淀橋浄水場の跡地でした。

こちらは立小便禁止の注意書きのそばにある「制水弇」です。


| shinjuku | sep. 2011 |

「せいすいえん」と読むらしい。
検索するといろいろ出てきます。
意味としては「制水弁」と同じよう。


| shinjuku | sep. 2011 |

こちらは「空氣弇」
「くうきえん」と読むのでしょう。

* * *

ところで本題は漢字の読みではなくて、マンホールの柄。
東京都の紋章、通称「亀の子マーク」のデザインです。


これが繰り返しパターンになっている。
なかなか良くできていますね。
東京都の紋章が様々に応用可能な優れた意匠だということがよくわかります。ただし、現在のCIテキストではNGになりそうですが。


| shinjuku | sep. 2011 |

上は「制水弁」。
書体が丸ゴシックで、旧字体楷書の上記ふたつよりも新しそうですが、やはり亀の子文様です。

2011年6月23日木曜日

下水口の蓋

とてもとてもありふれた、東京都の紋章入りの下水口の蓋。


| urawa | jun. 2011 |

なのですが、じつはここはさいたま市浦和区。
なにゆえに東京都の紋章が?


| urawa | jun. 2011 |

まわりの蓋は、さいたま市のマーク入り。


とはいえ、さいたま市ができたのは2001年。
古い構造物に古い紋章が残っていてもおかしくない。
だからといって、なにゆえに東京都の紋章?


| urawa | jun. 2011 |

マンホールの蓋は、旧浦和市の紋章でした。


| urawa | jun. 2011 |

さいたま市‎浦和区常盤にて。

2011年3月5日土曜日

吸いがら入

子供の頃、このタイプの吸い殻入れが街角のいたるところにあったような気がします。しばしば、火が消えないまま投入された吸い殻のおかげで、もうもうと煙をあげていたり。

なんでこんなデザインだったんでしょうね。
私は見るたびに目玉親父を連想していました。


| kudan kita 2 | feb. 2011 |

靖国神社に設置されているこの吸い殻入れの口は、東京都の紋章=亀の子マーク。


東京都の紋章


| kudan kita 2 | feb. 2011 |

「吸い殻入れ」ではなく、「吸いがら入」です。


| kudan kita 2 | feb. 2011 |

東京都の紋章入りですが、神田ライオンズクラブの寄贈品。


| kudan kita 2 | feb. 2011 |

清掃時には裏側のピンを抜いて蓋を開け、中の吸い殻を掻き出すしくみ。あまり機能的とは思えません。


| kudan kita 2 | feb. 2011 |

いまや絶滅危惧種ではないかと思っていましたが、靖国神社にはこのタイプの吸い殻入れがいくつも残っています。
→ すべて撤去されました。(追記参照)

* * *

こちらは大田区。やはり紋章入り。


| kamata | nov. 2009 |


大田区の紋章

色違い。


| haginaka | sep. 2010 |

こちらは口が壊れたのか、改造されています。
タコの口を移植されたみたい。


| haginaka | sep.. 2010 |


| haginaka | sep. 2010 |

「たばこせんもん」。


| kamata | feb. 2011 |

* * *

そして次は目黒区、駒場公園。


| komaba | feb. 2011 |


目黒区の紋章


| komaba | feb. 2011 |

下は目黒区美術館前にある「吸いがら入」ですが、紋章も、目黒区の文字も入っていません。汎用品なのでしょうか。
→ 撤去されました。(追記参照)


| meguro | mar. 2011 |

シリーズ化はしません。たぶん。

2011.11.24追記

目黒区美術館前の「吸いがら入」は撤去されていました。

2013.1.31追記
靖国神社の境内の「吸いがら入」はすべて撤去され、新たに喫煙所が設置されていました。