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2015年1月2日金曜日

初日の出を待つ人びと

元日の東の空はあいにくの雲で日の出を見られなかったので、日の出を待つ人びとの写真を撮ってきました。たしか去年はもっとたくさんの人がいたんですけどね、


| tamagawa | jan. 2015 |


| tamagawa | jan. 2015 |


| tamagawa | jan. 2015 |


| tamagawa | jan. 2015 |

これで思い出したのが、ポール・フスコの《RFK》でした。


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 99.


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 191.

もしくは、九州新幹線開通CM。


「Picasa ウェブ アルバム - 祝!九州」より。


2013年8月1日木曜日

国立新美術館:アンドレアス・グルスキー展:
レンズの視覚、人間の視覚、絵画の視覚



ANDREAS GURSKY | アンドレアス・グルスキー展
2013年7月3日〈水〉〜9月16日〈月・祝〉
国立新美術館 企画展示室1E


グルスキーの作品については、次のサイトを参照。



なぜアンドレアス・グルスキーの作品は見る者に特別な印象を与えるのか。グルスキーの作品から受けた視覚的印象についてのメモランダム。

作品の技術的特徴としては、
①風景を俯瞰し、その一部を切り出している。
②カメラと被写体が平行している。
③手前にあるものも、奥に写っているものも、画面の隅々までピントが合っている。

これらを巨大なプリントによって展示してる。
もちろん例外もある。特に近年の作品は。
しかし、これらの特徴が独特の印象を作りあげてきたと思う。

ではなぜそれがグルスキーの作品に特別な印象を与えるのか。他の「写真」となにが違うのか。

彼の作品の特徴として多く指摘されているのは、③。

ふつう写真ではレンズの特性から、程度の差こそあれ、目的とした部分にピントが合い、それ以外の部分はぼやける。
私たちはそれを知識として経験として知っているので、「写真」はそういうものだと考える。しかし、グルスキーの作品はそうではない。巨大な写真のどこを見ても明瞭なデテールがある。これは私たちの写真に対する「常識」を破壊する視覚表現である。


人間の肉眼には絶対に不可能であるような、巨視的でありながらも微視的な視覚。それはまさに「神の視覚」と呼ぶにふさわしい。そこで時間はいっさいの動きをとめ、永遠性のなかで定着された一瞬の相貌を、われわれのまなざしに向けて晒しつづけるのである。

竹峰義和「〈統御された崇高〉の美学──アンドレアス・グルスキー展レビュー」


「時間はいっさいの動きをとめ、永遠性のなかで定着された一瞬の相貌」。これは多くの「写真」に共通する特徴であって、グルスキーだけのものではない。

では、「巨視的でありながらも微視的」あるいは「マクロとミクロ」、あるいは「神の視覚」という部分はどうか。

人間の眼は、対象に対して常にさまざまな側面から最適化しようとする。

人間の眼は、見ようと思った対象に、常にピントが合う。目の前の風景を眺めているとき、意識した部分にはつねにピントが合っている。
たとえば風景をスケッチしようとすると、描く対象に目が向く。そしてその対象にピントが合う。だから、目に見えるように描こうとすると、本来すべてのものにピントが合っているはずなのだ。

しかし、写真はそうではない。焦点を当てたところにのみ、ピントが合う。それ以外の部分は、手前も、奥も、ぼける。眼で見たとおりには写らないのである。

人間の眼とレンズを通した風景のもうひとつの違いは、明るさの補正である。ピント合わせと同様、カメラは対象とした部分に露出を最適化する。コントラストの強い被写体では、明るい部分に合わせると暗い部分が潰れ、暗い部分に合わせると明るい部分が飛んでしまう。ところが、人間の眼は現在見ている部分につねに最適化されるので、脳内で合成される風景は、一部が飛んでいたり、潰れていたりすることはない。

もうひとつの違いはゆがみである。カメラのレンズはその特性上、広角になればなるほど被写体が歪んでみえる。そればかりではなく、広い範囲を捉えようとすると、パースがついてしまう。もちろん、人間の眼にも、そのままではパースが付いて見えているに違いない。しかし、人間の脳は網膜に写った風景をこれまでの知識に基づいて自動的に補正する。真っ直ぐなものであったとしても、レンズを通すとゆがみが生じる。網膜にも同じように歪んで写っているかも知れない。しかし、それが真っ直ぐであるという知識があれば、その姿は脳によって自動的に補正されてしまうのだ。建物を斜めから見ていても、脳内では正面から見たものに変換されてしまうのだ。

普通の人が目の前の光景を描こうとすると、描かれるのは、脳内で補正された姿になることが多い。あらゆる部分が均等に、同様の明るさとコントラストで描かれる。それは間違っているわけではない。だって脳内にはそのように見えているのだもの。

こうして考えると、あらゆる部分に焦点が合い、真っ直ぐなモノが真っ直ぐ写っているグルスキーの作品は、神の視覚というよりも、本来の人間の視覚というに相応しいと思う。彼の作品は、人が自分の見たものを、自分の脳に写ったものを紙やカンバスに描くように作りあげられているのだ。(もっとも、神は自分に似せて人を創ったというが)

それではなぜグルスキーの作品は人々に大いなる違和感を与えるのかといえば、それは彼の作品が「写真」という体裁をとっているからだ。

100年と少しの歴史しかないにも関わらず、私たちは写真がどういうものなのかを良く知っている。写真に写るものが、人間の眼に見えるものとは異なっていることを知っている。しかし、目の前にあるグルスキーの作品は、私たちの知っている写真の特徴からかけ離れている。証券取引所や工場、北朝鮮のマスゲームなどの群衆を捉えた作品は、写真というよりも『ウォーリーを探せ』のように、すべてが隅々までクリア。すべての要素が私たちに正対している。すなわちこれはレンズの視覚ではなく人間の視覚、「絵画のように見える写真」なのだ。

私たちが「絵のような写真」といったときに思い浮かべるのは、印象派以降の絵画への類似だが、グルスキーの「写真」の絵画性は、印象派以前のもの。

絵画におけるリアリズムは、絵画の絵画的な視点の特徴を捨てて、スーパーリアリズムに到って「写真の様な」表現へとたどりついた。目指すところは「まるで写真の様ですね」。それはデテールの描写の問題だけではない。すべてにピントが合っているのではなく、すべてに露出が合っているのではない、そういう意味での写真的な特徴を絵画表現に取り入れて、絵画というフォーマットでありながらも「絵画には見えない」という点が私たちに新鮮な体験をもたらしたのだと思う。

グルスキーの作品はその逆である。「写真」のフォーマットを援用しつつ、「写真には見えない」。私たちの脳が期待する「写真」ではない。それが大いなる違和感を呼び起こす。

これは、たとえば止まったエスカレーターを歩いて上り下りするときの感覚に近い。

なぜ止まったエスカレーターはあんなに歩きにくいのだろう。それは一段一段が高い階段を上り下りするのとはまったく異なる体験だ。エスカレーターは、階段のフォーマットを取り入れた機械である。しかしそれは階段とは異なる。人を自動で運んでくれるのだ。私たちはそのことを知っている。だから、エスカレーターに乗ったとたんに、私たちの身体は自動的に運ばれることを期待して身構える。脳がそのように命令する。しかし、止まったエスカレーターでは身体のその期待が裏切られる。そこに激しい違和感が生じるのだ。

グルスキーの作品も同様である。彼の「写真」を前にして、「写真的」であることを期待した私たちの脳は裏切られる。そして、その裏切られかた、「違和感」は、作品が巨大になればなるほど大きく、強くなる。だからウェブや作品集で見るのではなく、国立新美術館に足を運んで見るべきなのだ。


| roppongi 7 | aug. 2013 |

❖ ❖ ❖

ここではあえて「グルスキーの写真」ではなく、「グルスキーの作品」と書いた。というのも、グルスキーは、写真を素材にしながらもそれを徹底的にデジタル処理しているからだ。それはトリミングや明るさやコントラストなどの調整にとどまらない。写っているものを消し、写ってないものを付け加える。複数の写真を組み合わせて一枚の作品に仕上げる。細部に到るまで、徹底的に作りあげられている。通常の写真では考えられないようなデテールにいたるまでのクリアさも、かっちりとした水平垂直のコンポジションも、それはデジタルによる加工処理によって実現され、それが彼独自の「写真表現」を生み出しているのだ。

日本人はなぜかphotographを「写真」、すなわち真が写っているものと訳してしまったが、多くの写真がそうである以上に、グルスキーの「写真」は作りあげられたフィクションの世界なのである。そして多くの写真とは異なり、フィクションなのは被写体以上に、その表現手法なのである。


| shinagawa stn. | aug. 2013 |

※初出に若干のリライト。

❖ ❖ ❖

「制作風景」の動画。
グルスキーが用いているのは、Quantel Paintboxという画像編集システムらしい。






Peter Galassi, Andreas Gursky, Museum of Modern Art, 2002.

2013年6月6日木曜日

階段のある場所


| shibuya | mar. 2013 |

階段のある場所」を更新しました。

東急東横線代官山から渋谷までの、高架を走る電車の車窓から写した階段です。

2013年3月14日木曜日

階段のある場所


| tama centre | oct. 2009 |

以前から街歩きのときに階段の写真を撮っていたのですが、少し数が溜まってきたので別館で公開してみることにしました。

s t a i r s

どうせアクセスの少ないウェブログですのでここでもいいのですが、同じジャンルのものを集めることで何かひとつの世界観が見えるかな、という自己満足です。

とりあえず、100枚。場所は簡単に。日付は入れません。コメント欄もありません。

ときどき、どさっと更新しようかと思っております。
よろしくお願いします。

2012年6月27日水曜日

生活工房:異郷 西江雅之写真展:視線の距離感




異郷 西江雅之写真展
生活工房ギャラリー(3F)/ワークショップB(4F)
2012年5月25日(金)~2012年6月17日(日)


「異郷の人」「ハダシの学者」「日本が生んだ最も独創的で個性的な研究者」「日本のインディ・ジョーンズ」(椎名誠)「超俗の人」(椎名誠)「心優しき意味の破壊者」(辺見庸)「辺境の旅人」……。人となりを形容することばもさまざま。

「文化人類学者」「言語学者」「エッセイスト」「アジア・アフリカ図書館館長」「日本サウンドスケープ協会会長」そして「写真家」……。肩書きも、活動領域も多様。

「顔を洗わず、歯を磨かず、ふろは年に数回しか入らない……汗をかかない、清潔な特異体質『朝日新聞』1984年11月3日、朝刊3頁、「布団を使わず床に寝る」『朝日新聞』2008年10月2日、夕刊10頁、「エアコンも炊飯器もない」『読売新聞』2010年9月6日、朝刊15頁、「毒がなければなんでも食べられる」、「まるで忍者みたいに速く歩く」『朝日新聞』2008年10月2日、夕刊10頁、「クリームあんみつ好き」『読売新聞』2010年9月6日、朝刊15頁、「『五十カ国語の読み書きができる』『百二十四カ国語が話せる』」『アエラ』1998年9月28日……。伝説の数々。

異色の人物は型どおりのことばでは形容しきれません。

「異郷 西江雅之写真展」は、20代のはじめにアフリカを縦断して以来半世紀に渡って世界中を旅してきた文化人類学者・西江雅之氏(1937〜)が撮りためた数万点の写真のなかから約200点の写真を展示する展覧会です。被写体となっているのは、アフリカ、アラビア、インド洋海域、カリブ海域、パプアニューギニアなどの人びと。フィルムに記録されたそれらの人びとの姿の大部分は、すでに失われてしまった世界のものです。

西江氏の写真には、独特な視線が貫かれているように思います。それは旅行者によるスナップでもなく、写真家の作品でもなく、かといって研究者による記録写真ともまた違うものです。

いったい、なにが独特なのでしょうか。

展示された多くの写真をみてちょっと不思議に感じたのは、カメラと被写体の間の微妙な距離感です。これは私の先入観なのですが、もっともっと被写体に近づいているのではないか、と思っていました。そういう思い込みがあるから、実際の写真における被写体との距離感が意識に登ったのです。たとえば、西江氏の友人でもあった作家の阿刀田高氏は「『西江はカメレオンのように置かれた環境に染まる。ふつうの物差しで測れない個性で、帰った時にアフリカ人になったように顔つきまでも変わっていて、しばらくしたらまた日本人の顔に戻りました』」と語っています★1。西江氏の写真はそうした言葉から受ける印象とはずいぶんと異なります。たとえていうなら、ハービー山口の撮る写真ではないのです。つまり、こと写真に関していうと、撮影者と被写体の間にはコミュニケーションが感じられないのです。

このような印象を受けたのは私だけではないでしょう。ウェブで見つけたレビューには、次のように書かれていました。

「あれほど人々の懐に入り込んでいるにもかかわらず、また収録写真は人間の姿がほとんどであるにもかかわらず、接写した数が少ない。どこか距離を置き、まるで現地の生活を侵さないように周遊している。その場にいることは被写体に認知されながら、シャッターを切る瞬間は悟られていないような。」★2

これをどのように考えたらよいのでしょうか。

考えてみたのは、西江氏は現地での生活に入り込みつつも、常に外部からの観察者という立場を崩さない、という解釈。もうひとつは、写真家ではない西江氏がカメラを構えるのは、彼が人びとと真剣に相対している場ではない、という解釈です。

展覧会と同時に出版された写真集に、西江氏はつぎのように書いています。

「わたしは路上に立ち、求める対象が気に入った場面の中に姿を現すと、シャッターを切る。」「この本に残されている写真は、ある時、ある場所で、わたしの眼前に現れた事物から掬い採った影なのである」★3

すなわち、こちらから採りに行くのではない。視界に入ってくるのを待つ。それが西江氏の撮影のスタイル。旅人でありつつも冷静な観察者であるという複雑な視線が、その写真の中に刻まれている、ということになりましょうか。

❖ ❖ ❖

展覧会として興味深かったのは、さまざまな地域の人びとの写真、いろいろな時代の写真が入り交じって展示されている点です。見ている方とすれば、これはどの地方の人びとなのか、いつごろの光景なのか、気になってしかたがありません。しかし、これもまた意図された構成なのです。西江氏によればこの展覧会は作品展であり、文化人類学のお勉強の場にしたくなかったというのです。そして、さまざまな地域、さまざまな時期の写真が並列しているのは、どの地域においても同様に人びと生活は急速に変化しているからであるということです★4

もうひとつ興味深かったのは、被写体のほとんどがすでに失われた世界なのですが、西江氏は感傷的にそれを惜しんでいるわけではないという点です。「消え去らないでほしいなどとは、わたしは考えない。しかし、永遠に消え去ってしまう前にもう一度、この目にその姿を映してみたい」★5。人びとの生活が変わることは当然である、と西江氏はいいます。ただし、この10年間の変化の速度は、それ以前と比べてはるかに速くなっています。インターネットの普及に代表されるIT化によって、さまざまな情報がかつては秘境と呼ばれた地域にまで、一瞬のうちに伝わるようになりました。かつては物理的な接触によって徐々に生じた変化が、有無を言わせぬ速度で進んでいるのです。写真や映像ではまだまだ伝統文化が残っているように見えても、裸の人びとが踊る周囲で祭りを見物している人びとの姿は、私たちとほとんど変わりません。伝統的行事は観光のための催しとなり、西欧企業がスポンサーになっているのです。

彼らに「これまでと同じように裸で暮らしてくれ」と要求する権利は誰にもありません。「テレビはダメだ」、「携帯電話を持つな」などということはできません。そもそも「変わらない」とはいつを基準するのでしょうか。50年前の生活なのか、100年前なのか、500年前なのか。かつて、人びとの生活が変わらないでいたことなどあるのでしょうか。

ただし、急速な変化が往々にして特定の人びとにのみ利益をもたらしている点は指摘しておかなければならないでしょう。地域の一部の有力者たちが外国企業と組んで、開発を行う。それによって有力者たちは大きな利益を受けますが、それ以外の多くの人びとは生活が変わることによって不利益を被ります。森林が開発され、環境が汚染され、従来と同等の生活を維持できなくなります。ですから、もしも私たちが何かを望むことができるとするならば、できるかぎり多くの人びとの生活が改善するよう見守ることだと思うのです。

写真に記録することには、これまで社会がどのように変化してきたのかを捉え、これからどのような方向に向かっていくのかを考える意味があると思います。


★1—『アエラ』1998年9月28日。
★2—『異郷 西江雅之の世界』——「ハダシの学者」の旅の道程を追体験できる入門書(『異郷 西江雅之の世界』 | STUDIOVOICE | 文=門田 眠)。
★3—『異郷 西江雅之の世界』(美術出版社、2012年)160頁。
★4—とはいえ、地域が気になる人は多いようで、撮影地を記したシートが用意されていました。
★5—『異郷 西江雅之の世界』——「ハダシの学者」の旅の道程を追体験できる入門書(『異郷 西江雅之の世界』 | STUDIOVOICE | 文=門田 眠)。

2012年5月31日木曜日

水飲み場:神奈川県立近代美術館:鎌倉


| kamakura | may 2012 |

これまでに何度この水飲み場について書いたことでしょうか(→ click!)。


| kamakura | may 2012 |

いいかげん、新しい言葉が見つからなくなってきました。

❖ ❖ ❖

6月10日まで、石元泰博写真展開催中。


| kamakura | may 2012 |

石元の捉えたモダンな《桂離宮》を、坂倉準三のモダニズム建築《神奈川県立近代美術館鎌倉館》で見る。ああ、今回はモノクロで撮らなくては、という気分になったわけです。








2011年9月8日木曜日

CHANEL NEXUS HALL:『ココ・シャネル1962』ダグラス カークランド写真展




『ココ・シャネル1962』ダグラス カークランド写真展
2011/9/4〜2011/9/29
CHANEL NEXUS HALL
入場無料


1962年、当時27歳だった写真家ダグラス・カークランド(Douglas Kirkland, 1934-) が撮影したココ・シャネルの写真。
チラシの解説文によると、最近になってこのときのネガフィルムがカークランドの倉庫から発見され、日本で初めて公開されることになったとのこと。ココ・シャネルは1883年生まれ(1971年没)なので、写真が撮影された当時は79歳でしょうか(アクシスのサイトによる展覧会紹介には78歳とある。)



カークランドが捉えたココのスナップはとても人間的な魅力に溢れています。とくに笑顔が素敵なのです。

たまたま最近、DVD「CHANEL CHANEL art documentary」を見たのですが、私は晩年のココに非常に気難しい人物という印象を持っていました。



DVDにはココへのインタビューも収録されています。このインタビューの中で、ミニスカートの流行を攻撃する彼女はなかなか怖い。そのイメージが強烈だったものですから。しかし、この写真展を見て、ココ・シャネルに対するイメージが変わりました。





シャネル シャネル[DVD]

2011年5月16日月曜日

東京都写真美術館:ベッティナ ランス 写真展



ベッティナ ランス写真展
MADE IN PARADISE 女神たちの楽園
セレブたちの美しき幻影と気品
2011年3月26日 ( 土 ) ~ 5月15日 ( 日 )
東京都写真美術館

客層がいつになくおしゃれ。道端ジェシカのポートレートを使ったポスター、フライヤーの勝利です。
最近、写真展ではカメラ男子、カメラ女子といった感じの人びとを多く見かけるのですが、それとはまた違う雰囲気。女子も一眼レフをハスに掛けていたりはしない(笑)。

展覧会サイトの告知の一部を引用すると……

1978年、初めての被写体にストリッパーを選んで以来、女性をモデルとした作品を数多く発表してきた彼女は一貫して、女性たちが生まれながらにしてまとう華やかさと儚さ、内面から湧き出る美や苦悩、憂いを写し出してきました。その被写体にはマドンナ、シャロン・ストーン、ケイト・モス、ソフィー・マルソー、シンディ・クロフォードなど、映画や音楽、ファッション界で一時代を築いた魅惑的な女性たちが名前を連ね、レンズの前で飾り気のない心情や濃厚な人間性を惜しげもなくさらしています。

* * *

とても良かった。が、どのように良かったのか、なぜ良かったのか。
以下メモランダム。

写真が真を写すものであるとして、それではここに写されている「真」とはいったい何なのか。誰から見た真なのか。誰にとっての真なのか。と、そういう視点で作品を見てみる。

写されている女優たち、モデルたちは、入念にメイクを施されている。スタイリストも、ヘアメイクも付いている。スタジオとは限らないかもしれないが、背景や小道具もきちんんとセッティングされている。光線ももちろん計算されたもの。さりげない会話の合間に現れた女優の素顔、という類の写真ではない。とらえられているのはそう言う意味での「真」の姿ではない。スナップではない。徹底的に演出されている。会場で流されていたビデオで、その演出の一端を垣間見ることができる。

ではその演出はどこを向いているのか。

写っているのは、そのモデル、その女優がありたいと思っている姿。写真を見る者たちが、彼女たちはかくあるであろうと考える姿。あるいはその方向でありながらも、それを超える姿。ベッティナ・ランスは、その姿を、衣装、メイク、小物、セット等々を用いながら、モデルとともにつくり出す。演出家と女優。女優は与えられた役柄を演じる。演出家はその意図——背後には、その写真を見る者たちの視線がある——を最高に表現すべく、手を尽くす。

ここに写された「真」とは、モデルたちがイメージする自分自身であり、演出家が意図した彼女たちの姿であり、鑑賞者たちが期待する彼女たちであり、それらすべてが一致したところに「真」があり、写されたものが「写真」。

とはいえ、これでは一般論に過ぎないかもしれない。どのような写真なのか、を説明しただけ。なぜ、すばらしいのか。なにがベッティナ・ランスの写真を他の誰の写真でもないものにしているのか。色彩、コントラストといったフィルム上の技術的なものなのか。メイク、スタイリング、セット、ライティング、スタジオなのか。あるいは、モデルがありたいと考える姿になることを可能にする演出の力なのか。

いつものように、私には分からない、ということが分かった。

2011年3月30日水曜日

東京都写真美術館:スナップショットの魅力:
ポール・フスコ『RFK』と九州新幹線開通CM



収蔵作品展 [かがやきの瞬間] スナップショットの魅力
2010年12月11日 ( 土 ) ~ 2011年2月6日 ( 日 )
東京都写真美術館 3階展示室

もう2ヵ月近く前のことになりますか。2月のはじめに見てきました。

アンリ・カルティエ=ブレッソンやジャック・アンリ・ラルティーグ、木村伊兵衛などの古典的作品から、 荒木経惟や森山大道、そして鷹野隆大の近作「カスババ」シリーズまで、多様な作品。「スナップショット」ということばがどのような撮影行為を指しているのか、逆によく分からなくなりましたが、良い展覧会でした。

良かったのは、ウォーカー・エヴァンズ(Walker Evans, 1903-75)の地下鉄シリーズ(1938-41)。NYの地下鉄で、向かいの席に座る人びとを隠し撮りしたものです。現代のコンテクストではこのような撮影行為は問題がありそうですが、撮られることを意識していない人びとの姿、風俗は、作品としても魅力的ですし、歴史という視点からも貴重なものです。

そしてなによりも良かったのは、ポール・フスコ(Paul Fusco, 1930-)の「RFK Funeral Train」(1968)。暗殺されたロバート・F・ケネディの棺を運ぶ葬送列車を見送る人びとを、列車の中から撮影したものです。


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 43.

展覧会のリーフから引用します。

ポール・フスコ Paul Fusco 1930-
「ある夏の暗い日、『ルック』マガジンの編集者は、私が事務所に着いて顔を見るなりすぐに切り出した。「ポール。ボビーの棺をワシントンDCへ運ぶ列車がペン・ステーションからでる。それに乗ってくれ。」私はきびすを返し、カメラとフィルムを持って電車に乗った。」(ポール・フスコ)
現在マグナム・フォトのスタッフ・フォトグラファーとして雑誌や新聞などに記事を掲載するフスコが、まだ駆け出しの頃に携わった仕事は、暗殺されたロバート・F. ケネディの棺を運ぶ列車の窓から、追悼する人々の姿を撮影することだった。1968年6月5日、NYからワシントンDCまで通常4時間の走行距離を、ゆっくりと走るFuneral train(葬式列車)。それを見送る大勢の人たち。フスコは8時間のあいだ、コダクロームで2000カットを撮影するが、『ルック』マガジンは、結局この写真を掲載せず、長い間日の目を見ることはなかった。30年の沈黙を経て、90年代末からヨーロッパに出はじめた「RFK Funeral Train(ロバート・F. ケネディの葬式列車)」を本展では紹介。


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 57.

フスコの言葉は、写真集のあとがきに記されているものです。英文も引用しておきます。

On that dark summer day, shortly after I arrived at the office, William Called me. As I entered his office he looked up and said, "Paul, there's a train at Penn Station that's going to take Bobby's coffin to Washington, D.C. Get on it!" It was a command. I turned around, got my cameras and film, and got on the train, stopping first to photograph the memorial services at St. Patrick's Cathedra.
Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 223.


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 37.

写真美術館のHPによると、プリントは日本初公開だそうです。


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 111.


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 149.


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 159.


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 129.


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 191.


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 107.


Paul Fusco, RFK, Aperture edition, Sep. 2008, p. 99.

フスコが所属するマグナムフォトによるフスコの紹介。

ポール・フスコ Paul Fusco
アメリカ人
1930年マサチューセッツ生 - 
ニュージャージー在住
1930年、アメリカのマサチューセッツ州に生まれる。
1940年代より写真に興味を示し、1951年から3年間写真家としてアメリカ陸軍通信隊に所属する。1957年、オハイオ大学でフォトジャーナリズムの学士号を取得。同年より1971年の長きに渡り「ルック」誌を代表する専属写真家として活躍し、アメリカ各地を取材した。
1974年、多くのマグナムの写真家の推薦によって正会員として迎えられた。70年代には、集中して4冊もの写真集を出版、一躍名声を得た。
個展もニューヨークやサンフランシスコで開催され、またメトロポリタン美術館やニューヨーク近代美術館でも作品が展示され、大きな反響を呼んだ。最近では、メキシコのサパティスタ、エイズ問題や、チェルノブイリ事故の後遺症問題などに取り組んでいる。
2000年には、1968年のロバート・ケネディの遺体を運ぶ列車の中から沿道の人々を撮影した写真集「RFK Funeral Train」を編纂し、大きな反響を呼ぶ。世界各地で展覧会も開かれた。
http://www.magnumphotos.co.jp/ws_photographer/fup/index.html

次のサイトで、フスコのこの作品の一部を見ることができる。


次のビデオは葬送列車からみた沿線の人びと。フスコの写真も挿入されています。



* * *

このエントリは本当は3月11日に書こうと思っていたものです。ちょうど前日ぐらいに、3月12日に予定されていた九州新幹線全線開通記念のCMが話題になっていました。Youtubeでそれを見てポール・フスコの作品を見たときのことを思い出したのです。

JR九州のCMは、特別に仕立てたCM撮影列車がその車窓から沿線で開通を祝う人びとを撮影したものです。



すばらしいCMだと思いました。が、開通を前にして大震災が起きてしまった。新幹線は予定通り開業したものの、祝賀行事はすべて中止。現在このCMは放映未定だそうです。残念なことです。私もウェブログに書く気力がなくなってしまって、この件をしばらく放置していました。

Picasaには車窓からの写真もアップロードされています。



「Picasa ウェブ アルバム - 祝!九州」より。


「Picasa ウェブ アルバム - 祝!九州」より。


「Picasa ウェブ アルバム - 祝!九州」より。


「Picasa ウェブ アルバム - 祝!九州」より。

かたや葬送の悲しみ。かたや開通の喜び。感情のベクトルは真逆を向いているのですが、どちらもその真剣な気持ちがカメラのレンズを通して、写真、映像を見るものに直接語りかけてくる。フスコの『RFK』も、JR九州のCMも、人の感情を揺さぶります。表現上の類似はさておき、このふたつに共通するものはなんなのだろう、と考えています。

* * *

今回の展覧会とは関係ありませんが、ポール・フスコにはもうひとつ代表作があります。それはチェルノブイリ周囲の子供たちの写真。震災による原発事故を受けて、話題になっています。こちらも、次のサイトで一部の写真を見ることができます。閲覧注意。


* * *

20110501追記

調べてみると、バドワイザーのCMに似たものがあるとのこと。



見てみました。たしかに、車窓から、という点は同じ。楽しいCMですが、感動するというのとは違う。フスコの写真やJR九州のCMとの違いは、「人」でしょうか。


2013.3.1追記

「祝! 九州」のCMがポール・フスコの「RFK」がきっかけであったことが『日経デザイン』2012年5月号(34-35頁)に書かれていました。これまではオマージュであろうと推測していましたが、担当者がそのように語っています。

企画制作を担当したのは、電通コミュニケーション・デザインセンターのアートディレクター正親篤氏。

ポール・フスコの写真集『RFK Funeral Train』では「写真の中の人々は当然、皆、沈うつな表情をしている。これを見た正親氏は『これが全部笑顔だったらどうなるだろうか』と考えた」のだそうです。

もうすぐ九州新幹線全線開通、そして震災から2年ですね。