2013年9月13日金曜日

藍画廊:子育てと美術展



子育てと美術展
藍画廊
(☞ 展示風景
2013年9月9日(月)〜9月14日(土)

まったく得意でない分野なので、なんといってよいのかよく分かりませんが……。個々の作品、作家への感想ではありませんが、展覧会を見て考えたことのメモランダムです。

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全く孤独に作品を作る美術家というものは想像できません。たとえ作品を作る作業が孤独なものであったとしても、美術家がそれまでに見てきたもの、学んできたこと、人と人とのコミュニケーションで得てきたものの影響を考慮しないで、現在の作品を語ることは困難です。

成人した美術家にとって、コミュニケーションの対象は主に大人。学ぶ、影響を受けるのも、同年代か、年上の人たちから。その関係は対等であったり、リスペクトの対象であったりする。そうした関係は、美術の歴史でも、作家論でも一般的に語られます。

ここにもうひとつ、特殊な関係をあげることができます。それは家族です。美術家同士の夫婦、あるいは作家を支えた家族についての話はあります。親が美術家で、その子供も美術家の事例もよく見られます。しかし、ここで気を付けなければいけないのは、こうした関係において、子は親から学ぶ、影響されるという図式で語られることがほとんどである点です。逆に親が子供から影響される話は——明らかに「子供のための作品」を作った美術家を除くと——ほとんど語られていないように思います。

最近では美術館のワークショップなどを通じて、子供たちと協働で作品をつくる体験をする作家たちもたくさんいます。そうした体験はたしかに作品に反映されていると言えましょう。しかしそれは一時的な関係。

ところが、親子となるとその関係は一時的では済まなくなります。かつては子育て、教育については配偶者任せの美術家たちが多かったかも知れません。しかし、いまは男性も女性も積極的に子育てに参加する時代。あるいは、若い、女性の美術家が、子供を産み育てながら作家活動する時代です。

日々成長する子供とともに暮らす。それは友人関係、大人同士の関係、目上の人たちとの関係とはまったく異なる関係です。子供は毎日成長します。毎日が昨日とは違います。毎日新しいことが起きます。目が見えるようになり、周囲の世界を認識するようになる。寝返りを打ち、ハイハイをするようになって、自ら世界を認知しに出かける。言葉を覚え、自らを主張するようになる。絵を描き、ものを作りはじめる。そうした様子に日々接していながら、美術家が何も感じない、影響を受けないということは考えられません。

大人が子供に影響を与えるのではない。子供が大人のものの見方、考え方に影響を与える。子供を持ち、育てていくことによって生じた自らの変化を、つくり手はどのように作品に反映させてきたのか。あるいは反映させてゆくのか。

DMのテキストに「あなたは美術家として……」とあるように、この展覧会はつくり手側へのメッセージですが、受け手としても、作品、作家活動の背後にあるものをもっと見ていく必要があるのではないか、というようなことを考えました。

2013年8月31日土曜日

夏の記憶

2013年、夏の記憶。


| yaguchi 3 | aug. 2013 |


| yaguchi 3 | aug. 2013 |


| takebashi stn. | aug. 2013 |


| mejiro | aug. 2013 |


| otemachi | aug. 2013 |


| nogizaka | aug. 2013 |


| 109 | aug. 2013 |


| teipark | aug. 2013 |


| ginza 1 | aug. 2013 |


| tamagawa | aug. 2013 |


| tokyo tower | aug. 2013 |


| roppongi | aug. 2013 |


| 21_21 | aug. 2013 |


| 21_21 | aug. 2013 |


| uchinada | aug. 2013 |


| uchinada | aug. 2013 |


| kanazawa | aug. 2013 |


| kanazawa | aug. 2013 |


| kanazawa | aug. 2013 |


| kanazawa | aug. 2013 |


| kanazawa | aug. 2013 |


| katsuyama | aug. 2013 |


| katsuyama | aug. 2013 |


| fukui | aug. 2013 |


| tabashio | aug. 2013 |


| teipark | aug. 2013 |

2013年8月30日金曜日

吊革の世界

少し背伸びして覗くと現れる 異次元へのトンネル。


| toyoko line | aug. 2013 |


| keihin-tohoku line | aug. 2013 |


| oimachi line | aug. 2013 |


| keihin-tohoku line | aug. 2013 |


| hanzomon line | aug. 2013 |


| keihin-tohoku line | aug. 2013 |


| yamate line | aug. 2013 |


| keihin-tohoku line | aug. 2013 |


| yokohama line | aug. 2013 |


| keihin-tohoku line | aug. 2013 |


| ginza line | aug. 2013 |


| keihin-tohoku line | aug. 2013 |


| tokyu tamagawa line | aug. 2013 |


| keihin-tohoku line | aug. 2013 |


| yamate line | aug. 2013 |


| keihin-tohoku line | aug. 2013 |


| toyoko line | aug. 2013 |


| keihin-tohoku line | aug. 2013 |

2013年8月10日土曜日

世田谷美術館:栄久庵憲司とGKの世界 01


榮久庵憲司とGKの世界
鳳が翔く
2013年7月6日(土)〜9月1日(日)
世田谷美術館

事前に噂は聞いておりましたが、じっさい大変にぶっ飛んだ展覧会でした。このウェブログを見て世田谷美術館に行こうという方がいらっしゃるかどうかは分かりませんが、どのようにぶっ飛んでいるのかは、ぜひご自身で体験していただきたい。まだ会期は終わっていませんので、ここでは展示の詳細については触れないでおきたいと思います。私自身の知りたいことが分かる展覧会か、というと微妙でした。ただしそれは展覧会の良い悪いではなく、展覧会企画と観覧者(=私)のミスマッチということです。逆に企画の趣旨を理解すれば、ああなるほどという感想を持つと思います。

で、その企画の趣旨は何かと言えば、榮久庵憲司というインダストリアル・デザイナーをトップに抱く創造集団GKが生み出してきた多様なプロダクトの背後にどのような思想があるのか、ということです。GKグループは、GKデザイン機構を中心とする12の企業から構成され、200人を超える社員を抱えるデザイン・グループです。扱う領域はパッケージやCI、ブランディング、サイン計画、家電や産業機械、鉄道車両、博覧会設備等々、じつに多岐にわたっています。

編年的にプロダクトを並べる方法もあるでしょう。そこにそれぞれの時代の出来事、世相などを付け加える(安易な)方法もよく見られます。しかし、そのように個々のプロダクトを並べて、はたしてそこに共通の思想を見ることができるでしょうか。しょうゆ瓶とモーターサイクルを並べて、成田エクスプレスと博覧会ゲートを並べて、はたして共通の思想を読み取ることができるでしょうか。同じデザイン企業から生み出されたものであることを理解することができるでしょうか。

そこで登場するのが榮久庵さんのルーツ、思想的バックグラウンドである仏教。そしてその思想を具現化した道具曼荼羅、道具千手観音像、池中蓮華などのインスタレーション。思想を形にする、教義を目に見えるものにするために、こんなアプローチがあったのか、と吃驚するわけです。

* * *

全くの個人で仕事をしているデザイナーもいますが、複数のデザイナーを雇って仕事をしている事務所もたくさんあります。しかしそれでも、その経営者たるデザイナーのカラーが明白に見て取れる場合が多い。ドーンデザイン研究所であれば水戸岡鋭治さんのカラーがはっきりしている。サムライであれば、佐藤可士和さんのカラーが明確にある。おそらく仕事を依頼する側も、そのようなカラー(あるいは作家性)を期待しているのではないでしょうか。しかし60年を迎えたGKの仕事を、12のグループ企業の仕事を、200人超の社員の仕事を、同じように個人のカラーで語ることができるかどうか。

もしそれを語るとしたら、たとえばソニー・デザインの歴史を語るとか、資生堂やサントリーのデザインを語るとか、そういうことと似たような話になるのではないでしょうか。つまり、個々人のデザイナーではなく、企業の文化を語る。

しかしそれでも問題はあります。なぜなら、GKには複数のクライアントがあるわけです。そして、クライアントにもそれぞれの企業カラーがあるわけです。さらに言えば、コンシューマー、ユーザーが存在するわけです。あまりにも変数が多い。あまりにも複雑。いったいこの会社の仕事をどのようにまとめ、提示することができるのか。「榮久庵憲司とGKの世界」展のぶっ飛んだ展示は、この複雑な課題に対するひとつの解答、アグレッシブな挑戦だと思うのです。といったらほめすぎか知らん。ネットでは賛否両論の展覧会のようですね。

ただ、榮久庵さんやGKに対する予備知識がまったくないと厳しいとは思いました。『道具論』(鹿島出版会、2000年)、『袈裟とデザイン』(芸術新聞社、2011年)、『デザインに人生を賭ける』(春秋社、2009年)あたりを読んでから観ると、その企図が分かりやすくなるのではないかと思います。榮久庵憲司とGKの仕事全般については『デザインに人生を賭ける』がお薦めかな。